2016/2/7 別府大分毎日マラソン(フル) inserted by FC2 system




大会出場へ
 歴史と伝統のある別府大分毎日マラソン。 実質的に市民ランナーが参加できる、日本最高峰の大会だ。 一昨年、昨年と参加し、その素晴らしさに触れ、すっかり虜になってしまった。 大会の運営自体も文句なく素晴らしいのだが、自分にとって一番魅力なのは、真剣なランナーが多い事。 本来、持っている力を出し切れば、一人で走ったって42q走りきれるわけだが、性格的に自分には無理だ。 やはり同じ目的のランナーと競い合う事により、よりいいタイムが出るのが現実だ。 昨年、体調が万全でなかったにも関わらず、当時の自己ベストを更新したのは、明らかに別大という大会のお蔭だった。 もっというと、参加したランナーのお蔭だ。 特に20qあたりから40qまで併走したランナーには感謝いっぱい、彼と競い合う事で全力を出せたというのが正直なところだ。 今シーズンも出たい、そして自己ベストを出したい、そう強く思った。
 
 だが、何といっても遠征費が掛かる。 妻の同意が必要だった。 しかし妻は言った。 「そんなにいい大会なら、出ればいい。」 走ってばかりで、いつも妻には迷惑を掛けているが、それでもそう言ってくれた妻に感謝である。 少しでも安くという条件のもと、少しでも楽な交通機関、いいホテルに泊まりたい。 希望は、羽田〜大分のソラシドエアと、一昨年泊まったコモドホテルだ。
 
 ソラシドエア予約の鍵はバーゲン75を取る事。 だが、発売時点で、まだ大会の要領が出ていなかった。 つまり日付すら分からないという事。 仕方なく、事務局に電話して聞いた。 日付は、予想通り2月の第一日曜日だった。 あと問題は参加資格である。 参加者が増え続けて定員制になった事もあり、参加資格の厳格化は十分に考えられた。 ただ、現時点でそれも考えていないとの事だった。 電話口の担当者は、それよりタイムが公認かどうかを気にしてくれた。 横浜マラソンのタイムじゃだめですよ、とも言ってくれた。 思わず「大丈夫です、別大の記録で参加します」と言った。
 
 あとはホテル。 コモドホテルは、通常予約すれば5,400円だ。 だが、大会サイトから予約すると、それより1,000円くらい高い。 いつから予約開始なのか、ホテルに問い合わせてみると、一人なら今でも予約を受け付けれくれるという。 これはありがたい。 こうしてまず、ホテルを予約した。
 
 ソラシドエア予約開始日時は2015年8月25日の14時だった。 すぐさまネットでアクセスしてバーゲン75のチケットを取りたい。 だが運悪く、その日のその時間、打合せが入ってしまった。 打合せの休憩時間にアクセスすると、既にバーゲン75は売り切れ。 残念であるが、幸いまだバーゲン60は残っていた。 無論バーゲン75よりは高いが、無いのだから仕方がない。 他の交通機関よりは安いので、それで予約した。
 
 あとは大会そのもの予約。 申込開始は9月1日の朝10時だった。 去年は妻にやってもらった。 だが、入力項目が多いので、できれば自分でやりたい。 会社からはネット制限が掛かり、そうなると休むしかない。 それだけの為に休むのは無駄が多いなと思ってシステム管理者に相談すると、特例でネット制限を解除してくれるという。 ありがたい。 こうして無事に大会エントリーも完了。 ちなみにエントリーは当日中に定員に達して締め切られた。



大会へ向けて
 今シーズンは、昨シーズンに比べ、シーズンインが遅かった。 去シーズンは榛名湖と湘南を経てつくばだったが、今シーズンは榛名湖を回避したのと湘南が12月となったため、初フルがいきなり秋の本命レースのつくばだった。 9月に仕事多忙により、一時練習ができなかったが、夏や10月は順調に練習が積めた。 秋の勝負レースのつくば、意に反してサブスリーペースで入ってしまい、後半ブレーキになってしまった。 それでも前半のタイムが速かったのと、ブレーキになってからの落ち込みを最小限にとどめて、一応自己ベストの3時間4分台を出した。 この大会での一番の収穫は、29qまでサブ3ペースで走れたことだ。 走っていて非常に気持ちよかった事と、サブ3ペースで走っても呼吸が大丈夫という事がわかったのが大きかった。 この頃から、いよいよサブ3を目指さなければならないなという思いが、次第に強くなってきた。 続く湘南は、公認コースでなかったため、練習走とした。 タイムは平凡だったが、いい練習にはなった。 そして12月の奈良マラソン。 坂が多く、タイムが望める大会ではない。 にもかかわらず出たかったのは、大会自体が素晴らしい事と、大阪の従兄に会いたかったからだ。 自己ベストを目指せないとはいえ、それでも出る以上は3時間15分で走りたいと、申し込んだときは思っていた。 ところが、つくばでサブ3ペースでレースを進めた快感から、奈良でも突っ込んでしまう。 結局、ラップとしてはつくば同様、前半突っ込み過ぎて後半潰れるという似た傾向になってしまったが、レース内容は微妙に異なっていた。 つくばは、もしからしたサブ3行けるのではと思い、痙攣覚悟で32qまで走って完全に足に来たが、奈良では強度の痙攣は起きなかった。 後半失速したのは、坂によりダメージを受けた事と、湘南から1週間しか開いていなかったことによる疲労と思われた。 このコース、この条件で、つくばより1分遅れと言う事は、ある意味つくばより価値のあるタイムだと思った。 奈良マラソンが終わって、しばらくした日の日記に、こう記してある。

別大、もしかしたらサブスリーが可能かもしれない根拠。 奈良マラソンの3時間5分38秒と比べ
  (1)坂がない分、2分短縮可能(←これは可能性高い)
  (2)奈良は余力を残したが全力出せば30秒短縮可能
  (3)イーブンペースで走れば1分短縮可能
  (4)休足して挑めば1分短縮可能
  (5)takumi履いて30秒短縮可能(奈良はミズノ)
  (6)1s痩せれば1分短縮可能
  (7)スタートロスが30秒増加。
計 マイナス5分30秒。
あとは火事場の馬鹿力で9秒短縮。
でも無理だろうな。。

 あと、昨シーズン、奈良マラソンと別大のタイムを比較すると、別大の方が5分40秒速く走っている。 奈良の3時間5分38秒から5分40秒を引くと、2時間59分58秒である。 これはもしかしたら別大でサブ3を目指せるかも、と思うようになった。 つくば、奈良、それぞれに収穫があったが、最も勉強させられたのは、前半突っ込むと必ず後半潰れるという事。 どの指南書にも書いてある内容だが、人間とはどうしても焦りからか前半飛ばしてしまう。 3回同じ失敗をしたら馬鹿である。 別大では絶対ゆっくり入ろうと決心した。 想定したラップはこうだった。
 
 
スプリット
キロラップ
備考
5q22:004:18 スタートロス30秒含む
10q43:304:18 
15q1:04:304:12 
20q1:25:304:12 
ハーフ1:30:064:12 
25q1:46:304:12 
30q2:07:304:12 
35q2:29:004:18 
40q2:50:304:18 
Finish2:59:584:18 

 電車の中では、毎日呪文のように5qのスプリットを唱えて暗記した。 もちろん30q以降は、当日の体調でどうなるかわからない。 だが、一番肝心なのは、ハーフで1時間半を切ってはいけないという事。 仮にサブ3を出せるだけの走力がついているなら、そこから後半勝負でサブ3が達成できるはずだ。 仮に、まだサブ3の走力が無いとしても、前半突っ込んだ失敗レースのつくばで3時間4分台だから、3時間2分を出せる走力はあるはず。 という事は、ハーフを1:30:06で入れば、後半ねばって、何とか3時間2分くらいは出せそうだ。 前半突っ込んで後半潰れる失敗レースが続いて自分の走力がつかめなかったので、そうした二面作戦で行く事にした。
 
 奈良から別大まで1か月半。 僅か1ヶ月半、されど1か月半。 出来る限りの事はしたいと、正月に妻の実家に帰っても走り続けた。 雪の少ない正月だったことも幸いした。 正月3が日で69q走り、八王子に帰った1月6日、多摩センターから自宅までの2.7qを10:40と、今までで最も速く走った。 ここまでは順調だった。 だが、焦りがあったのだろう。 距離を伸ばし過ぎたことにより、左アキレス腱と右膝が痛くなってきてしまった。 左アキレス腱はつくばの前にも痛めている。 右膝は奈良の前に痛かった。 今回は、その両方が一度にきた。 過去の痛みから、走るのを控えれば痛むが引くことはわかっていた。 だが、走るのをやめると体重が増えそうで、走るのをやめられなかった。 痛くても、ゆっくり走る分には大丈夫だった。 だが、痛みを抱えた状態ではスピード練習ができなかった。 スピード練習をするには、しばらく練習を休む必要があった。 本来練習とは、スピード練習と距離を踏むことの両方が必要である。 だが、そのどちらかが出来ないという状況に置かれてしまった。 二者択一を迫られた自分が決断したのは、距離優先だった。 根底には、つらいスピード練習が嫌だというのがあったかもしれない。 だが、つくばでキロ4:10で走って呼吸が大丈夫だったという経験を信じることにした。 つくばでは痙攣で失速した。 42q持つ脚を作りたいと思った。 スピード練習は1月12日が最後だった。 ここ数か月、朝つつじヶ丘から走った時、会社までのラスト2qを全力で走っていた。 情けないながら、これがスピード練習だった。 それすら1月12日が最後だから、本番まで1ヶ月近くスピード練習をしないという賭けに出た訳だ。
 
 左アキレス腱と右膝の痛みは、休めば引くという思いがあった。 本番前1週間、テーパリングで距離が減るから、痛みも自然に消えるのではと考えていた。 だが、予想以上に痛みがひくのに時間がかかった。 最後の1週間、月曜に15q走ったあと、火曜日、水曜日と2日連続で休足日に充てるという、普通ではやらない調整方法とした。 木曜日に最終調整。 この日、初めて本番で履くtakumi sen2に足を通した。 最近の勝負靴はtakmiだった。 2014〜2015シーズンは、つくば・別大・立川ハーフで使用し、今シーズンはつくばで履いた。 さすがに4レース使ったので、靴底がすり減り、今回はsen2とした。 おなじシリーズだが、微妙に靴の感じが違う。 前の方が幅広になった感じだ。 しかし新しい靴だけにグリップ感は抜群。 しばらくスピード練習をしていなかったので、レース前恒例の3qタイムトライアルをとも思った。 だが、今回は踏みとどまった。 まずは左アキレス腱と右膝の痛みのリスクを伴う事、あとはつくばで木曜に3q走をやって、本番足に疲れが残った事。 3qタイムトライアルはやめ、5qのペース走とした。 レースにおける巡航ペースは4:12/q、それより少し早い4:05〜4:10/qで走ってみる。 スピード練習をしていないので呼吸が不安だったが、息が上がらずに走れたのでほっとする。 むしろ2日休んだのに、まだ足に疲労が残っている感じ。 翌金曜日も軽めの練習とした。



大会前日
 大分への移動は基本的に昨年と同じ。 羽田発10:50のソラシドエアSNA91便。 昨年より羽田出発が10分早くなっている。 電車が遅れると困るので、定刻なら空港に1時間前に着くべく、堀之内8:01に乗る事にした。 この日、実は娘の学校公開だった。 娘は3時間目に発表をするらしく、できれば聞きたいが、時間的にそれは無理だった。 娘と一緒に家を出る。 学校へ向かい娘に手を振って、自分は駅へと向かった。 区間急行で新宿まで行く予定だったが、準特急でも座れそうな気がしたので多摩センターで乗換えた。 新宿からは新木場行に乗り座って大崎まで移動、大崎から品川は座れなかったが階段前を確保した。 品川で予定通り、京急羽田きっぷを購入、品川発9:08の特急三崎口行に乗れたので、蒲田で乗換えて9:26に羽田空港駅に着いた。 大崎〜品川以外は座れた。 まずはトイレへ。 電車に乗っている時から、なんとなくしたかった。 今日この時間に出てくれると助かる。 明日も午前中に出るだろう。 まだ出発の1時間以上前だが、早めに手荷物検査を済ませ、搭乗口前で待つことにした。 搭乗口は昨年と同じ。 やはりランナーらしき人が多い。

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 飛行機は5分遅れの出航らしい。 席は27A。 富士山がほぼ真下に見える。 近くから見る噴火口は圧巻だった。

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 隣も、その隣もランナー。 というか、機内ほとんどランナーで、まるでランナー専用機だ。 去年恥ずかしくて機内で何も食べず、空腹になったので、今年は思い切っておにぎりと煎餅を食べる。 飲み物はコーヒーをもらったのだが、これがいけなかった。 トイレに行きたくなってしまったのだ。 搭乗口で待っている時に行ったのだが、参ったものである。 隣の人は寝ていて、トイレに行きづらい雰囲気だった。 快晴ではなかったが、高曇りだったので地上は見え、大阪や瀬戸内海の景色、そしてあと15分で大分着陸という放送で気を間際らせ、何とか着陸まで我慢した。

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 バスで別府北浜へ向かう。 北浜経由別府行のバスが止まっていて、まだ空席があったが、北浜で降りる人は北浜経由大分行きに乗って欲しいらしく、次のバスにしてくれと言われる。 次のバスはすぐに来た。 幸い、先頭の座席があいていたので、そこに座る。 亀川漁港から北浜まで、明日のコースを走るので、下見をしておきたかった。 別大を走るのは3回目だ。 だが、今回からコースが微妙に変わっていて、亀川の折り返しが亀川漁港入口交差点付近まで約1q伸ばされた。 ここがどういう道が、見ておきたかった。 亀川漁港入口交差点を認識し、前方を凝視する。 そこで思わぬものを目にする。 坂だ。 漁港のあたりに川が流れ込んでおり、そこが橋になっているからだ。 去年は橋の手前が折り返したっだ。 つまりその伸びた片道1qに橋のアップダウンがあるという事。 往復するので、2度のアップダウンとなる。 これは参ったなと思った。 ちなみに、35km付近の折り返しも、似たような状況である。 去年までは、乙津川に掛かる西海橋の手前、西海橋西交差点を曲がっていたのだが、今年は西海橋を渡って三佐田交差点付近で折り返し、また西海橋を渡る必要がある。 亀川といい、西海橋といい、橋のアップダウンが4回増えたという事である。 今回の新コースの特徴は、大分川の橋渡りを3回から1回に減らしたという事である。 3回から1回なら坂が2回減りそうなものだが、そうはいかない。 41q付近の舞鶴橋東交差点は、橋を渡らずとも橋の高さまで登るので、大分川に伴う坂の減少は1箇所である。 という事は、坂は4箇所増えて1箇所減。 確かに、大分川の橋の上で強風に吹かれるのも辛く、その区間が短くなるのはありがたいが、坂は増えることになる。 それに、新たに渡る乙津川も狭い川ではない。 言うほど走りやすいコース変更ではないなと思う。
 
 北浜で降りて、シャトルバスでビーコンプラザへ行く。 まずは手続き。 ゼッケンをもらう。 そしてランナーの広場へ。 去年は500円券でカレーを食べ、現金で唐揚げを食べ、無料配布のバナナも食べて腹いっぱいになってしまった。 今年は反省し、500円券で唐揚げと鶏飯を買う。 だが、やっぱりカレーも食べたくなり、現金でカレーを買う。 全く昨年の反省が生きていない。 だが、鶏飯の一つは夜食べる事とし、バナナは持ち帰って明日のレース前に食べる事にした。

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 昨年同様、駅から近い不老泉に行くべく、別府駅行きシャトルバスに乗る。 だが、せっかくなので竹瓦温泉に行ってみたくなり、北浜方面へ歩いて行く。 ちょっと道後温泉に似た、歴史を感じる建物だ。 驚いたのは脱衣場。 普通、浴槽のエリアとは壁とドアで仕切られているものだが、ここにはそういったものが無い。 位置関係でいうと、脱衣場が2階のベランダ、浴槽が1階の庭、という感じだ。 もちろんランナーも居るが、思ったより混んでなく、のんびりと入った。

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 手続きは済んだので、今日やる事は無い。 ただ、ホテルに行っても暇だ。 せっかくなので、北浜からシャトルバスに乗り、再びビーコンプラザへ行く。 ビーコンプラザから大分行きのバスも出ており、無料で移動できるというメリットもある。 夕方なので、バスも空いているだろうと思った。 去年そうだったし。 だが、ビーコンプラザに着くと、大分行きのバスの行列は長かった。 しばらくランナーの広場で時間をつぶす。 17時になって、受付も終了し、ランナーの広場も終わりである。 もう空いただろうとバス乗り場に行くが、まだ行列。 仕方なく並ぶ。 聞くと、20分バスが来ていないという。 しばらくして1台到着、だが行列が長くて、このバスには乗れそうもない。 しかし、来た1台のバスの後ろに、大分行きらしき3台のバスが見える。 どうやら偏ってしまったらしい。 2台目のバスに乗ったが、客は半分しか乗らず、ゆったり大分に移動できた。 バスは、明日走る別大国道を行く。 まあ、このあたりは去年も一昨年も走っているので、勝手知ったる場所だが。 渋滞で時間が掛かるかなと思っていたが、30分くらいで着いた。
 
 ホテルに入って少し休憩して、夕食と明日のレース前に食べるおにぎりを買いに行く。 夕食は昨年と同じ吉野家。 結構混んでいる。 半分近くがランナーだ。 去年もそうだったが、ランナーはみな牛すき鍋を食べている。 自分は相も変わらずカレーである。 ファミリーマートでおにぎりを4つ買い、ドラッグストアでヴァームウォーターを買い、ホテルに戻る。 午後別府の温泉に入ったのだが、石鹸で体を洗っていないので、ホテルの大浴場へ行く。 今年予約したコモドホテルは、一昨年にkorunさんと来た時に泊まったホテルだ。 屋上に露天風呂付大浴場があるのが特徴だ。 昨年は、このコモドホテルのすぐ隣に建つルートインだった。 宿泊しているのは、ほとんどがランナーであり、風呂に行くと、鍛えられた体の痩せた人ばかりだ。 屋上の露天風呂にも行ったが、外気温が低いので、屋内に戻る。 昼にも温泉に長く入っており、湯あたりしても嫌なので、早めに切り上げる。 脱衣場に体重計があったので乗ってみる。 アナログ式のものだったので、はっきり読み取れなかったが、55kgは割っている。 54.5kgくらいだろうか。 大幅減量という目標は達成できなかったが、とりあえず走るに支障が無いくらいの体重管理はできたかなと思う。
 
 部屋に戻って明日の準備。 ウェアーにゼッケンを付ける。 明日は曇りで、一時雨だという。 冬型の気圧配置が強まり、日本海側の雪雲が大分まで流れ込んでくるという。 という事は風が強いという事か。 雨はいいとして、風は困るなと思った。 ウェアーは、アドバンス女性用。 去年もこのウェアーで走っている。 もし寒かったら、アームウォーマーをすればいいなと思った。 パンツも2種類用意した。 アシックスのインナー付短パンと、膝下までのもの。 当日、よほど寒くなければ、アシックスの短パンのみで走る事になると思う。

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 コモドホテル、普段の朝食は7時からだが、明日は特別に6時からだという。 といっても、スタートが早い訳ではないので、6時に食べたいという訳ではない。 だが、早めに食べて、早い所排便して安心したいなと思った。 早めに寝たほうがいいと思い、11時に寝た。



大会当日スタート前
 翌朝は6時に起床。 スタートは12時なので、6時間前だ。 どうしようか迷ったが、朝食に行く。 変な話、朝食は9時半までやっているので、2回行けなくもないなと思った。 朝食会場は、もちろんランナーばかり。 だが、時間が早いからか、空いていた。 自分はまだ別府大分の中では素人ランナー、どうしてもエネルギー切れが心配で、沢山食べてしまう。 パスタとチャーハンを取り、ご飯も丼ぶり1杯よそった。 他のランナーはどうかなと思ってみたが、自分ほどたくさん食べている人はいない。 中には、これだけで大丈夫?と思うほど少ししかよそっていないランナーもいる。 きっと計画に基づいた食事なんだろうなと思う。 それに対し、自分は腹いっぱい、部屋に帰ると、早速トイレへ。 計画通りだ。
 
 大分駅前からスタートのうみたまごまでのシャトルバスは9時〜10時に出発する。 早く行っても暇なので、ギリギリでもいい。 去年は最終に近い10時頃のバスに乗った。 今日もそれくらいでいいかなと思っていた。 雨が降るかもしれないというので、腕と足にワセリンを塗る。 場合によっては、もう一度朝食会場へとも思ったが、お腹いっぱいなので、いいかなと思った。 念の為、もう一度トイレに行く。 少しだけ出た。 もう出ないだろうなと思う。
 
 10時前まで部屋に居ようかと思ったが、次第に気持ちが抑えきれなくなり、9時半に出る。 バス乗り場まではすぐだ。 バスを待つ行列はすこしあったが、どんどんバスが出ているので待たずに乗れる。 会場までは15分くらいだ。 あと数時間後に、ここを走るんだなと思うと、気持ちが高ぶってくる。
 
 うみたまごに着くと、ちょうど招待選手が到着した時間だった。 一昨年と同じ時間なのかなと思う。

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 カテゴリー1・2の人は、おさる館の建物内が更衣室だが、我々カテゴリー3は、道路反対側のテントとバスが控室だ。 だが、どうやら今年はカテゴリー2の参加者が大きく増えた影響で、おさる館の更衣室がごった返していたようだ。 カテゴリー3更衣室エリアに行くと、まず行列が目に入った。 とっさに、バスを更衣室にしたい人の列だなと思った。 自分はテントで待つつもりなので、バスの行列には並ばない。 だが、これだけ更衣室用バスに並ぶという事は、テントが濡れているのかもしれないと思った。 一昨年、korunさんと来た時、やはりテントが濡れていた。 そういえば、一帯路面が濡れている。 どうやら雨が降ったらしい。 テントは、端の部分だけ少し濡れていたが、中央部は大丈夫だ。 だが、思ったより混んでいて、狭いスペースを見つけて座る。

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 まずはおにぎりを食べる。 朝たくさん食べて、お腹いっぱいなのだが、レース前に食べない訳にはいかない。 何といっても、別府大分は給食がないのだ。 買ってきた4つのおにりぎり全てを食べ、また昨日もらったバナナも食べる。 もしかしたら、これだけ食べたなら便が出るかなと思い、トイレに行く。 別大の最大の魅力の一つに、トイレ行列が全くない点があげられる。 待たずにトイレに入り、後ろが居ないので安心して時間を掛けて踏ん張る。 だが、朝から2回も出ているので、さすがに出なかった。 小便だけ済ませ、テントに戻る。 朝雨が降ったようだが、陽が出てきた。 寒くはない感じだ。 アームウォーマーは要らないかなと思った。 パンツもアシックスの短パンのみ、ただ不安なので、手袋だけはする事にした。 また、これもお守りのようなものだが、チョコレートを背中のポケットに入れて走る事にした。 多分食べないとは思うが。
 
 服装は決まり、不要なものを袋に詰め、takumi sen2を履く。 念の為、もう一度トイレに行き、荷物を持ってテントを出る。 移動中、奈良マラソンで走りながらしゃべったFさんに会う。 向こうは自分が分からなかったようだったが、奈良マラソンで、と言ったらわかってくれた。 自分は「追いついてくださいね!」という。 彼は長野マラソンでサブスリーを達成しており、奈良マラソンでも自分より速かったし、実力は上のはずだが、陸連登録でないため、スタートは自分より後ろである。 最後に仕上げとしてアミノ酸飲料を飲み、荷物を預けてプレラインナップに並ぶ。 薄日が差していて寒くはない。 手袋をしてきたが、しなければよかったかなと後悔する。 暑くなれば外してポケットに入れればいい。 だが、背中のポケットに入れると、重みが掛かるので走りづらい。 奈良マラソンの時、貰ったカッパを、捨てる訳にもいかず、背中のポケットに入れて走って走りづらかった事を思い出す。 まあ仕方がないかなと思った。
 
 指定された自分の待機場所は、道路の向かって左端のほうだった。 左端だとスタートロスが大きいかなと思った。 というのも、スタート直後にテレビカメラが道路左端からクレーンで撮影するため、手を振って進む人が多いからだ。 テレビに映ってもいいかなと思っていた去年は左端でラッキーと思ったが、今年はそれよりスタートロスが嫌だった。 だが、指定されたポジションなので仕方がない。 11時50分になると道路から車がいなくなり、スタート地点へ移動する。 一部、マナーを無視して、大きい番号にも関わらず前の方に移動する人も居ない訳ではないが、概ねプレラインナップの隊形のままスタート地点に移動する。 スタート位置は去年より少し前な気がした。 もちろん、申込タイムは上がっている。 去年は2013湘南国際のグロスタイムである3:14:06で申し込んだが、今年は昨年の別大の3:10:30である。 この3分半の分、去年は3515だった番号は3347となり、168人前になった。 だが、単純にその分、スタート地点が前になったという訳ではない。 定員が無いサブスリーのカテゴリー2の参加者が増えたのだ。 今年のカテゴリー1と2の参加者は昨年より209人増となっている。 去年と今年の違いはそれだけではない。 去年は全ての女子選手が男子カテゴリー2とカテゴリー3の間からスタートしていた。 これが問題となって、男子のサブスリーに近いカテゴリー3の人たちが、女子の3時間半ランナーに邪魔されるという事態になった。 今年、女子のカテゴリー3は男子カテゴリー3の後ろとなった。 これも賛否両論あろう。 女子選手だって、3時間少しで走れるカテゴリー3の選手もいるだろう。 彼女たちが、数多い3時間半の男子ランナーの後ろでは可哀そうである。 何はともあれ、女子のカテゴリー3のランナー、約200人が後方スタートとなったので、都合自分のスタート位置は、昨年より150人ほど前となった。 自分より前に2,000人ものランナーがいるのだが、3車線道路をいっぱいに使っているので、スタート地点は意外に近く見える。 スタートロスは去年と同じ30秒に収まってくれるといいなと思った。



スタート〜10q
今日のレースプランは以下のとおりである。
 
 
スプリット
キロラップ
備考
5q22:004:18 スタートロス30秒含む
10q43:304:18 
15q1:04:304:12 
20q1:25:304:12 
ハーフ1:30:064:12 
25q1:46:304:12 
30q2:07:304:12 
35q2:29:004:18 
40q2:50:304:18 
Finish2:59:584:18 

 つくばでも奈良でも突っ込んで撃沈したので、とにかく想定ラップを守る事だけしか頭になかった。 最初の5q22分の内訳は、スタートロス30秒と4:18/qである。 すわなち、最初の1qを4:48で通過するというものであった。
 
 奈良マラソンのスタートを思い出す。 あの大会では、ほぼ最前列に並んだなと思う。 スタートまでの時間は独特の雰囲気だ。 だが、別大は真剣なレース、奈良マラソンの時のように派手な演出は無い。 ただ、スタート5分前、3分前といった放送が入るだけで、ゲストのトークがある訳でもなく、ただ静かにスタートを待つ。 スタート2分前になると、多くのランナーが腿を叩き始める。 果たして効果があるのだろうか。 1分前になると、スタートブロックのプラカードを持った人たちが路肩へ退避、全体が前に進んで、いよいよスタート地点につく。
 
 12時ちょうどに号砲。 号砲と同時に少しずつ前に進むが、やはり動きは遅い。 自分のほぼ正面にテレビカメラが見える。 3車線道路の、一番路肩寄りの車線の上あたりだ。 カメラはクレーンに載せられており、遠隔操作で動いている。 今、カメラは我々の顔を映す向きを向いていた。 昨年の例で言えば、やがてランナーの走る方向にカメラの向きが変わるはずだ。 だが、今年はなかなかカメラの向きが変わらない。 変わらないという事は、多くのランナーがカメラに手を振って走るので、渋滞がひどくなる。 すぐそこにスタートが見えるのに、なかなかラインを越えられない。 ようやく超えたのは35秒くらい経っていただろうか。 しかも、スタートラインを越えても、まだジョギングのようなペースでしか走れない。 参ったなと思った。 号砲から1分以上たって、ようやく普通に走れるようになる。 一昨年は最後尾、昨年もどんどん抜かれたが、今年はそんな事は無かった。 ほぼ流れに乗った走り。

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↑ スタートロスが思ったより大きかった


 やがて1qの看板が見えてくる。 1qの想定はロスを込みで4:48だが、思ったよりスタートロスが大きかったので、無理かなと思う。 時計を押すと5:08。 やっぱりなと思う。 想定よりも20秒遅い。 もちろん自分の責任ではないが、20秒というのは大きな数字と言わざるを得ない。 最初から飛ばすのは危険と思ったが、やはり遅れを取り戻したいという気持ちが勝ってしまって、その後はペースが上がった。 1〜2qは4:08。 これは速すぎ、失敗したと思った。 確かに今日は想定ラップを極力正確にトレースする事を目標としている。 しかし、遅れを取り戻す事より、速すぎないスピードで走る事も大切だ。 今度は少しペースを落とす。 すると2〜3qは4:28。 想定ラップより10秒も遅い。 これは落とし過ぎである。 それに、なんとなく体が重い。 あまりいい感じではないが、体が軽くて飛ばし過ぎよりいいかなとも思う。 しばらくは海沿いの道である。 晴れていれば由布岳、鶴見岳が見えるのだが、曇っていて見えない。 今、陽は陰っていて、手袋をして走っている。 やがて暑くなったら取ろうと思っていた。 3〜4qは3:58。 エッと思う。 確かに少しスピードを上げた気はしたが、4分を切るほどかなと思う。 公認コースだからキロ表示がいい加減な訳はない。 道路左端にはっきりと敷かれた白い線の所に表示は立っている。 まずいな、上げ下げし過ぎかなと思う。 やがて別府の市街地に入る。 正面に別府タワーが見える。 もうなじみの深い景色だ。 応援も増えて気持ちがいい。 5qで時計を押すと4:31。 そんなに落としたはずは無いのになあと思う。 5qのスプリットは22:13。 想定が22:00だから、13秒遅れ。 1q毎の出入りは大きかったが、5qトータルで見れば、まずまずか。 スタートロスが予想以上に大きかった事を考えれば、走りのペースとしては悪くないかなと思った。
 
 道は、海から少し離れたあたりを、ほぼ真北に向かって進む。 北風を心配していたが、思ったより強くない。 ランナーも適度に分散し、気持ちよく走る。 6q付近が最初の給水。 まずはエリートランナーの為のスペシャルドリンクテーブルが並び、その奥側にスポーツドリンクテーブルが並ぶ。 給水テーブルは長くて取りやすい。 流れに乗ったままコップを取り、また走りながら飲むのも上手くなったので、スムーズに給水する。 だが、給水に気を取られていて、6qポストに気付かなかった。 まあ、最初のうちは、あっという間に1qが過ぎていくので、気づかない事も多い。 ラップが取れなかったのは残念だが、同じペースで走れば2qのラップを半分にすればいい。 道は別府の中心部から少し離れ、郊外型店舗が増えてくる。 だが、応援は多い。 7qで時計を押すと8:14。 1qに直すと4:07だから、少し速いかなと思う。 最初の5qまでは、なんとなく体が重かったが、温まってきたのか、軽くなってきた。 想定は10qまでは4:18/kmで、最初に上げるのは10q過ぎである。 だが、そう上げた感覚は無かったので、ほぼ同じような感じで走る。 7〜8qのラップは4:12/q。 少し速いが、まあ許容範囲内かなと思った。
 
 そろそろ先頭とすれ違う事である。 考える事は皆同じ、センターライン寄りのランナーが寄ってくる。 ランナーの薄いエリアを走りたくて、少しペースを上げた。 やがて警察の車両が過ぎ、中継車が見えてきた。 ちょうど上人ヶ浜の交差点あたり、道がゆるやかな右カーブをしているあたりだった。 先頭が誰だかは分からなかったが、ペースメーカーの設楽悠太選手は特徴があるのではっきり分かった。 想像していたより背が高く見えたが、痩せているからそう見えるのだろう。 その先8.5qあたりに給水がある。 今度はスポーツドリンクではなく水だ。 念の為ここでも取り、口に含む。 8〜9qのラップは4:10。 ちょっと速いかなと思う。
 
 去年はここで折り返しだった。 今年のコースは更に1q北上し、亀川漁港のあたりで折り返す。 昨日バスで見て、橋のアップダウンがある事がわかっていた。 それまでの2qのラップが速かった事もあり、坂では足を温存すべくペースを落として登る。 坂であるだけでなく、カーブしていて道路にバンクが付いているので走りづらい。 橋を渡り終わり、しばらく走ると折り返し。 折り返してすぐに10q地点である。 時計を押すと4:34/q。 ちょっと遅いが、坂があったからこんなもんかなと思う。 スプリットは43:23。 想定が43:30だから、7秒速い。 ほぼ想定通りと言っていいだろう。 最初の5qは、キロラップに凸凹があったが、それもだいぶ落ち着いてきたし、スプリットもいい感じだし、序盤はうまく走れたかなと思う。



10km〜中間点
 10qから30qまで、想定ラップは4:12/qである。 今まで若干の向かい風だったのだが、ここから少し追い風になるはずだから、今までと同じように走っていれば4:12/qで走れるかなと思う。 この先、また橋のアップダウンがある。 無理せず登って下る。 10〜11qは4:14/q。 想定より2秒遅いが、橋のアップダウンがあったので、ちょうどいい感じかもしれない。 11km過ぎに2箇所目のスポーツドリンクテーブル。 ここでも給水する。 南国のような景色で、走っていて気持ちがいい。 だが、このあたり、応援が反対車線にしかいない。 横断歩道がないので、こちら側に来られないのだろう。 11〜12qは4:13/q。 ほぼ想定通りかなと思う。 前に「新東名祝開通」のオレンジのTシャツを着たランナーがいた。 関係者かなと思ったが、会社マークが見えなかったので、特にそういう訳ではなさそうだ。 12〜13qは4:10/q。 理想的だ。
 
 つくばマラソンの時は、このサブスリーペースだと、ベルトコンベアに乗ったかのように、周りのランナーのペースが非常に近似していた。 別大もそうだろうと思っていたが、思ったよりペースに個人差がある。 後ろからスタートした陸連登録でない人たちの存在もあるかもしれない。 彼等の中には、すでにサブスリーを達成している人も多くいるはずである。 出来るだけ自分のペースに近い人を探して付くようにする。 カテゴリー2の人は自分より早くスタートした人。 自分は今、サブスリーペーストしては若干遅めであり、この段階で出合うカテゴリー2の人は遅れている人の可能性が高い。 むしろカテゴリー3の若い番号の人に付いていくほうがいいかなと思う。 前に3123のランナーが見えた。 自分から見て、上体のぶれが少なく、落ち着いて走っているように見えた。 しばらくこのランナーについていたが、やがて見失ってしまった。 13〜14qは4:14。 やっと一定のペースで走れるようになってきた。 体も軽くなってきたし、いい感じだなと思う。 もちろん余力は十分に残していある。 スプリットは1:00:14。 3倍すれば3:00:42。 なるほど、サブスリーを後半型で走ると、こういうスプリットになるのだなと思う。
 
 再び別府市内が近づいてきて応援が増えてくる。 15qを通過。 14〜15qは4:04。 スプリットは1:04:18である。 想定が1:04:30であるから、それより12秒早い。 ほぼ想定通りと言っていいだろう。 応援の中、気持ちよく走っていたが、この頃、食べ過ぎとアミノ酸飲料の摂取のし過ぎか、胃液が上がってきてしまった。 できれば水を中心に摂取して、アミノ酸は控えようかなと思った。 15〜16qは4:13。 16qの先に3箇所目のスポーツドリンクテーブル。 アミノ酸飲料は控えようと思っていたのだが、摂らないとなると、それはそれで不安で、一口だけ飲む。 別府市街地は、このあたりで終わり、若干の坂を上がって海沿いの道に出る。 自分はこの海沿いの道が苦手である。 去年は16〜23qが海沿いだったのだが、思うようなラップで走れなかった。 16〜17qは4:16/q。 少し遅いが、給水の都合と若干の登りのせいかなと思う。 昨年は海風にやられたが、今日は思ったより風が強くない。 これなら大丈夫かなと思う。 17〜18qは4:00/q。 そんなに上げ下げしている筈はないのだが。 やがて、14q付近で見失った3123のランナーを目にする。 相変わらず綺麗なフォームで走っていて、安定したラップを刻んでいるように見えた。 このランナーに付いていこうと思った。 18〜19qは4:18/q。
 
 やがて遠くに、スタートスタート地点であるうみたまごの三角形のオブジェが見えてくる。 いよいよ20qだなと思う。 19〜20qのラップは4:27/q。 ちょっと信じがたいが、まあ1qのラップを気にするより、スプリットを気にしようと思った。 スプリットは1:25:32。 想定より2秒遅れ。 2秒であるから、遅れというより、ほぼ想定通りと言えるだろう。 今回はハーフ1時間半切り厳禁を最大のテーマにしていた。 想定通りのハーフ通過になるなと思った。

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↑ まだまだ余裕の走り


 このあたりの道は広くて気持ちがいいのだが、大問題が1つある。 バンクがきついのだ。 どうしても片足に負担が掛かってしまう。 風は無いが、やはり早く海沿いの道が終わって欲しいなと思う。 20〜21qは4:09/q。 そしてそのすぐ先に中間点の看板が見える。 時計を見ると1:30:06。 これには驚いた。 事前想定と1秒の狂いもないではないか。 もちろん十分余力を持って走っている。 タイムも想定通りだ。 これは行けるかもしれない、と思う。



中間点〜30q
 相変わらず3123のランナーについていた。 21〜22qは4:11/q。 いい感じである。 海沿いの道は24qまで続くが、このあたりからカーブが緩くなり、バンクも小さくなる。 だが22〜23qは4:24/q。 そんなに落としたつもりはないのだが、もしかしたら3123のランナーのペースが落ちてきたのかもしれない。 23〜24も4:17/qと想定オーバー。 少し上げたほうがいいかと思い、3123のランナーを交わして前に出る。 前後するように海沿いの道が終わる。 ここからは得意としている街中の道だ。 気分が変わったか、24〜25qのラップは3:55/q。 スプリットは1:46:28だ。 想定より2秒早い。 というか想定通りだ。 このままのペースで30qまでいければ、もしかして今日、サブスリーが達成できるかもと思うようになる。
 
 去年のコースは西生石交差点を左折したのだが、今年からのコースは直進。 中春日の交差点を左折して大分中心街を走る事になる。 25〜26qは4:07/q。 応援が増えてきて、気持ちよく走っていた。 だが、今日初めての異変を感じる事になる。 脚に痙攣の兆候が表れたのだ。 距離的に、つくばで痙攣の兆候が表れたのと同じくらいだ。 それだけに、ちょっと嫌な感じがした。 だが、つくばの時はピキーンと攣ってしまう感じだったのだが、今日の異変は少々重いなという程度だ。 前半抑えた訳だし、つくばと同じはずは無いと言い聞かせる。 ふと沿道を見ると「足が痛いのは気のせいだ」というプラカードを持った小学生が。 そうだ、気のせいだ、と思う。 26〜27qは4:19/q。 ちょっと遅いなと思う。 市内に入ってからも、誰かについて走る事が多かった。 少し気合いを入れて走ってみようかなと思った。

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↑ このあたりから徐々にペースアップ


 昭和通り交差点を左折して北に向かう。 周りのランナーが少なくなって単独走となる。 目の前を走っていたカテゴリー2のランナーが、その友人らしき人に「駄目だ、俺は30qでやめる。痛みがひどくて駄目だ。あとは頼んだ!」と言っている。 そうか、実力があっても痛くて走れない人もいるんだ。 自分は痛みなくここまで来ている。 頑張って走らなきゃ駄目じゃないかと思う。 新川交差点を右折してすぐ先が28q。 27〜28qは上がって4:08/q。 よし、このペースだと思う。
 
 ここからは昨年までと同じ臨海産業道路。 昨年は4847のランナーと並走していた区間だ。 今日は単独で前に前に進む。 もしかしたらサブスリー? ワクワク感を感じながらの走りとなる。 28〜29qも4:05/qといいラップ。 よしよし、このまま30qまでいけそうだ。 30qで想定ラップを上回る事は確実だろう。 その後は想定ラップが少し落ちて4:18/qである。 なんだか行けそうな気がしてきた。
 
 この先、大分川に掛かる弁天大橋を渡る。 風が強いと難所なのだが、そう強い風ではない。 坂の登りもペースを落とさず上り、橋の上も快調に走る。 しばらく誰にも付かず単独で走っていたが、前方に大きな集団が見える。 タイム的に、サブスリーを目指す集団に違いないなと思った。 弁天橋を渡り終えた右手に、ゴールとなる大分市営陸上競技場が見える。 まだ花火は聞こえていない、すなわち先頭のランナーが競技場に入ってきていないという事だ。 橋の下りで、前の大集団に追いつく。 その先が30q。 29〜30qは、4分を切って3:58/q。 1qのラップよりスプリットの方が重要だ。 スプリットは2:07:05。 やはり。 想定の2:07:30より25秒早い。 それまで想定より2秒遅れとか2秒早いとか、ほぼ想定通りに進んできたのだが、ここで想定を上回ったことになる。 前半で想定を上回る事は厳禁だ。 だが、後半ならいいだろう。 脚も十分動いている。 もちろん呼吸に全く異変はなく、疲れもない。 まだまだこのペースで走れそうだ。



30〜40q
 集団に付くべきか迷ったが、ここは自分のペースを信じて前に出る。 30〜31qも4:01/qと素晴らしくいいラップ。 集団を引き離して、いい気になっていたのかもしれない。 だが、もうあと11q。 26q付近で痙攣の兆候かと思った足の異変は、特に何ともない。 もちろん足は重くはなってきているが、そのまま普通に走れていて、タイムも悪くない。 そのまま行ってやろうと思った。 31〜32qは4:07/q。 落ちてはいない。 この先4:18/qでもサブスリーが達成できるのだ。 決してここで貯金をしようという思いではない、走れそうな気がするので速いペースで走るという感じだ。 このあたりになると、周りのランナーのペースが自分より落ちてくる。 3345と自分と極めて近いナンバーのランナーを抜かす。 横目で見ると、非常に苦しそうな表情をしていた。 恐らく彼もサブスリーを目指して必死なのだろう。 一瞬、頑張ろうと声を掛けようと思ったが、自分とてサブスリーが確定したわけではないので、声は掛けなかった。 32〜33qも4:05/qと素晴らしいラップ。 自分より遅いペースのランナーが「サブスリーペースだよねえ?」と言っている。 いよいよサブスリーか。
 
 この先、原川橋、三海橋と橋が連続する。 原川橋は昨年も渡ったが、三海橋は今年のルート変更で新たに加わった橋だ。 まずは原川橋。 川自体は狭い川なのだが、アップダウンは避けられない。 橋のアップダウンの影響か、33〜34/qは少し落ちて4:19/q。 大丈夫、そんなに落ちてはいないし、足は動いている。 原川橋を渡り終わったと思うと、すぐに三海橋。 乙津川を渡るこの橋は、そこそこの長さがある。 欄干には、毎日新聞の幟が立っているのだが、見ると思いっきり向かい風。 この向かい風の中でも、これだけ気持ちよく走れているんだから、折り返して追い風になったら、もっと楽だろうなと思う。 橋を下ってしばらく走ると第二折り返し。
 
 折り返してすぐに35q。 34〜35qは4:17/q。 橋の登り下り、橋の上の向かい風があった割には悪くない。 そしてスプリットは2:27:54。 想定の2:29:00より1分以上上回っている。 この5qも21分を切って走っている。 素晴らしい走りだ。 ここから追い風になるはずだ。 脚は大丈夫、呼吸ももちろん問題ない、体の疲れもない。 この時点でサブスリーを確信した。 思わず「やったぜ!サブスリーだ!」と叫びたくなったが、まだレース途中である。 それでも嬉しさがこみ上げてきた。 苦しい練習を思い出し、涙ぐんでくる。
 
 先程渡った三海橋を渡り返して36q。 35〜36qは4:13/qと、橋のアップダウンがあった割に悪くない。 もうこのペースが巡航になってきた。 どこも苦しくない。 どこまででも走れそうだ。 36〜37qは4:01/q。 こんなペースで走れているのが自分でも信じられない。 その先には残り5qの看板。 スプリットは2時間37分になっていなかった。 5qを23分掛けてもサブスリー。 35qでサブスリーを確信したものの、こうして残り5qを23分と考えると達成感が湧いてくる。
 
 ふとまわりをみると、カテゴリー2のランナーばかりであった。 先ほどまでサブスリーの感動を味わっていたのだが、ここへきて気持ちが変わる。 1人でも多く抜きたい、1秒でも早くゴールしたい。 2時間59分台で満足してちゃだめだ、精一杯走ってどれくらいのタイムが出るか試してみようと思うようになる。 37〜38qは4:12/qと少し落ちる。 だが、もうほとんど誰にも抜かれない。 抜かす一方である。 このあたり、市街地ではないが、道が片側1車線と狭いので、応援が近くて励みになる。 38〜39qは4:07/q。 相変わらず素晴らしいラップである。 残り3qの看板を通過。 キロ5分近くで走ってもサブスリーが達成できるスプリットである。 あらためてサブスリーペースであるという事を実感する。
 
 平和市民公園交差点を左折し、更に乗越交差点を右折した先が40q。 39〜40qは少し落ちて4:16/q。 スプリットは2:48:43である。 もうここまでくれば、想定ラップとの比較は無意味である。 このままのペースで行けば、残り2.195qを9分少々で走れるかもしれない。 という事は2時間57分台が出るかもしれない。 頑張ってみようと思う。 40q走ったとは思えないくらい、まだまだ余力は十分だった。



40q〜Finish
 ここからラストスパート。 再び市内に入って応援が増えてくる。 「サブスリーだ!頑張れ!」という声援も飛ぶ。 それには、思わず手を振って応えた。 40〜41qは4:00/q。 ここへきて4分ちょうどのラップを出せるのだから、いかに余力が残っていたかだろう。 脚はまったく大丈夫、呼吸もまったく感じられない、体のどこにも異変が無い。 40qを過ぎて、ここまで苦しまずに走れたマラソンがあっただろうか。
 
 その先、舞鶴橋の登り。 橋は渡らないのだが、いったん土手上まで上がる必要があるので、上り坂となるのだ。 舞鶴橋東交差点を右折して坂を下って土手下の道を行く。 ここからは去年までと同じ道。 実は、大会1ヶ月前くらいから、もし40qでサブスリーを確信できたら、残りの2q、うれし泣きしながら走るんじゃないかなって考えていた。 だが、今の自分の走りは、それまで考えもしなかったものだ。 そもそもサブスリーは、よほどの事が無い限り無理だろうと思っていたし、仮に達成するにしても59分台だと思ていた。 それがいまや57分台を目指している。 うれし泣きとか、感動とか、そういう感覚では無かった。 1人でも多く抜きたい、1秒でも早くゴールしたい、もう必死だった。 せっかく大分まで走りに来たんだから、少しでもいいタイムを出して帰りたいという思いもあった。

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↑ まわりは、カテゴリー2の青字ゼッケンばかり。3桁ランナーもいる。


 やがて競技場の照明灯が見えてくる。 ゴールの大分市営陸上競技場だ。 やはり一番うれしいのはゴールの瞬間。 昔からマラソンを見ていた自分にとって、ゴールが競技場というのは嬉しいものだ。 思えば昨年は、ああ3時間10分を切れなかった、と悔しい思いをしながらのトラック1周だった。 今年はウイニングランだ。 バックストレートには時計がある。 まだ2時間56分台だった。 よし57分台は出そうだ。 昨年は3時間9分台の時計を目にし、ゴールした時は10分を越えていた。 第4コーナーを回り、いよいよゴールだという嬉しさがこみ上げてくる。 サブスリーを達成できたという喜びと言うよりは、57分台という素晴らし記録が出せたという喜びだった。 手元の時計で2時間57分43秒。 信じられないタイムだ。 一体後半の21qをどんなタイムで走ったのだろうか。 早速フィニッシャータオルを掛けてもらう。 一昨年は完走した喜びのゴール、昨年は悔しさのゴール、それに比べたら、今年は意外にあっさりしていた。 ゴール後にヘロヘロになった方が感動が増すのかもしれない、この日の自分は走り終わっても、まだまだ走れそうな感覚だった。 そそくさと競技場を後にし、更衣室である大分舞鶴高校の体育館へ向かう。



ゴール後・帰京
 途中、高校生のボランティアの人が、ゼッケンに付いたチップを外してくれる。 だが、ゼッケンの取り方が分からないようで、力任せに取ってしまったので、ゼッケンを抑えている裏側のパーツが複数行方不明になってしまった。 まあ、仕方が無かった。 体育館へは靴を脱いで上がる。 例年、靴を脱ぐのに苦労するのだが、今年は足も平気なので、スムーズに靴を脱ぐ。 そういえば、今日初めて履いたtakumi sen2であるが、何一つ問題が無かった。 ありがとう、takumi。 体育館が更衣室なのはカテゴリー3の人。 まだ帰ってきている人は少なかった。
 
 人が少なかったので、上半身裸になって着替える。 昨年同様、別府の温泉に入って帰るつもりだった。 その前に、できれば会っておきたい人がいた。 奈良マラソンでしゃべって、スタート前にもあったF氏だ。 彼はゼッケンナンバーが4200番台だった。 そのあたりの荷物置き場の方へ何となく移動すると、ちょうど彼が戻ってきたところだった。 残念ながら、彼はサブスリーがならなかったという。 またどこかでお会いしましょうと言って別れた。
 
 昨年は戻りが遅かったので、駅までのシャトルバスが行列になっていたが、今年はサブスリーで、かつすぐ着替えたので、並ばずにバスに乗れた。 大分までの道は少し混んでいた。 大分駅で少しの客を下ろし、バスは別府へと向かう。
 
 早速、アドバンスの面々からメールを頂く。 umerunさんは、自分も今日神奈川ハーフのレースに出ている。 なのに、自分の結果をさておき、自分のサブスリーを祝福してくれた。 彼は、かなり自分のタイムに驚いていた。 それはそうだろう。 自分でも驚くべきタイムだ。
 
 korunさんの奥さんからもメールを頂いた。 ドキドキしながら経過を見守りつつ、サブスリーを信じていたという。 嬉しい限りである。
 
 バスは別府の北浜に着いた。 去年は北浜から近い海門寺温泉に行ったが、凄い混雑だった。 カテゴリー2のランナーが増えた今年、更に混雑だったら嫌だなと思って、バス停から少し遠いが広い不老泉に行く事にした。 不老泉は去年前日に入ったのだが、昨日は不老泉ではなく竹瓦温泉に行ったので、ちょうどいいかなと思った。 番台のおばさんはいい人で「ランナーですか」と聞いてくれた。 無料券があるよと言ってくれるつもりだったらしい。 だが、自分は無料券は昨日使っているので現金で入る。 現金といったって、わずか100円である。 おばちゃんは「今混んでいると思うけどね」と言う。 確かに脱衣場とロッカーは混んでいたが、湯船は広いので楽に入れた。 今日は家に帰って風呂には入らないかも知れないので、ゆっくり風呂に浸かる。 石鹸を持ってくれば良かったなと後悔する。 手で顔を拭うと、思いっきり塩の味がした。 相当汗をかいたんだなと思う。 石鹸は無かったが、垢を落とすように体をこすり、頭からお湯を被った。
 
 ここにはデジタルの体重計があったので乗ってみる。 54.5kgだ。 今、猛烈に喉が渇いていて、風呂で汗もかいて水分欠乏状態だと思うが、それで54.5kgという事は、そう軽い体重で走ったわけではなさそうだ。 リュックには昨日買って飲まなかったヴァームウォーターと、ゴール後にもらったアミノ酸飲料がある。 だが今は、アミノ酸飲料ではなく、水が飲みたかった。 朝ホテルで入れたペットボトルの水を飲み干し、更に魔法瓶の湯を飲む。
 
 北浜まで歩いて、空港行きのバスを待つ。 バスを待つ人が30人くらいいる。 去年も、乗れるのかな、と思ったが、意外に大分からの客が少なくれ乗れた。 心配している人もいたが、係員が「今臨時便を手配しましたので」と言っている。 大分からのバスは空席が少なく、自分のすぐ前で満席になってしまったが、臨時便がすぐ来た。 こちらは客が少なく、自分の隣には誰も座らなかった。
 
 数時間前にここを走っていたんだなと思う。 亀川漁港の橋を渡る。 走る前は、この橋を嫌だなと思っていたが、結果的には難なくこなせた。 バスは、途中客扱いの可能性があったものの、誰も乗らず6時過ぎに空港に着く。
 
 空港に着くと、家に電話した。 娘はまず、おめでとうと言ってくれたが、次の言葉が面白かった。 「お父さん、目標を達成しちゃったね!」 まるで次の目標が無くなっちゃったね、と言わんばかりだった。
 
 去年もそうだったが、レース前に食べすぎたため、あまり空腹感は無かった。 それでもカロリーは消費しているはず、背中に入れていたもののレース中は食べなかったチョコと煎餅をバスに乗る前に食べたのだが、空港でも煎餅を食べる。 もちろん煎餅だけじゃ夕食にならないので、コンビニでおにぎりとパンを1つずつ買う。 本当はもっと食べてもいいと思うが、今はこれでお腹がいっぱいだった。 する事も無いので、土産を買って手荷物検査を受ける事にする。 妻から頼まれたどんこ椎茸を買い、家用、市川の実家用、バイオリンの先生用、友人用に菓子を買う。 売店のレジは20人くらいの行列になっていた。 もちろんほとんどがランナー。 経済効果があるんだなあと感じる。
 
 飛行機は昨年と同じ乗り場から出航のようだ。 搭乗口の近くのベンチに座って待つ。 お腹は空いていなかったが、とにかく喉が渇いていた。 だが、水は全て飲んでしまった。 アミノ酸飲料なら荷物に入っているが、アミノ酸だけは今は取りたくない。 早く機内に入ってコーヒーが飲みたいなと思う。 椅子に座っているのは皆ランナー。 隣の人と、その向こうに座っている人は、ビールを買っている。 他人同士だったようだが、気持ちが通じたのか、乾杯している。 「やっぱりフルマラソンを走ると、疲れますよね」と言っている。 ビール好きには、マラソン後のビールって美味しいんだろうなって思う。
 
 去年は羽田空港の空域混雑で出航が遅れたが、今年は定刻に出航しそうだ。 家では妻が待っていてくれるという。 早く帰りたかった。 機内で、時計に記録されたラップをメモし、自分の走りを振り返る。 意外にキロラップは凸凹していたが、5qという単位でみれば、理想的なレースができたなと思う。
 
 往きの飛行機は曇り気味だったが、今日は快晴だ。 夜景がきれいに見える。 瀬戸内海の橋や船の夜景も綺麗だが、何といっても大阪の明りは圧巻である。 飛行機は紀伊山地を越え、今度は名古屋の夜景が見える。 眼下には中部国際空港もはっきりと確認できる。 静岡あたりから飛行機は下降をはじめ、伊豆半島を横切ると房総半島へ向かい、左の窓からは三浦半島が見える。 京浜工業地帯の夜景が次第に低くなり、定刻より少し早く羽田空港に着陸した。 去年もバスでの移動だったが、今年もバスだ。 飛行機が早く着いてくれたので、予定の電車には乗れそうだ。
 
 妻に「帰りが遅くなるのに、待っていてもらって悪いね」とメールすると、妻は「頑張った話を聞きたいんだよ」と返事をくれた。 そんなに妻が自分のサブスリーを応援してくれているとは思わなかった。 電車の中で、時間の限り、レースの様子を妻にメールした。
 
 京急で品川まで行き、山手線で新宿へ出て、京王に乗る。 山手線は座れた。 京王は、さすがに八王子行の特急は座れなかったが、調布で乗換えた快速は座れた。 ただ、今日は特に足が疲れているという訳ではない。 マラソンを走ったとは思えないくらい足が元気だ。 立っていても全く平気だ。 いい走りをした時は、足の疲れも無いんだなと思った。
 
 家に着いたのは11時半だった。 早速妻が「おめでとう、頑張ったね」と言ってくれた。 妻は自分の事のように喜んでいた。 これが何より嬉しかった。 今まで、妻娘には大きな迷惑を掛けてきた。 家族3人の時間を捨ててまで練習に出かけたり大会に参加したりしてきた。 今回のサブスリーで許してください、という気持ちだ。



雑感
 翌日、会社に行くと、予想以上の反響だった。 隣の会社の、今までしゃべった事の無い総務の派遣の女性からも「別大走ったんですね、凄いですね。で、今日もう会社に来ているんですね。」と言われた。 もちろん、サブスリーという結果について、皆々から祝福を受けた。 自分をマラソンの世界に誘ってくれた営業部長には、丁寧にお礼を言った。
 
 結婚したとき、自分は77kgのデブだった。 大学1年の体育の授業を最後に、運動と言える運動を全くしていなかった。 走るなんて想像もできなかった。 でも、部長に無理やり誘われて出た駅伝。 それが自分のランナーとしての始まりだった。 走ったのは5q。 はっきりとタイムは覚えていないが30分近く掛かっていたように思う。
 
 初めて10qのレースに出たのは2011年の3月だ。 今から5年前の話だ。 もちろん、その部長に誘われ、半ば無理やり出場した。 だが、負けず嫌いな自分、走る以上は部長に勝ちたいと、それなりに練習して臨んだ。 初レースにも関わらず44:05と、予想外の好結果だった。 それから次第にレースに目覚めていく。
 
 その年の秋からハーフマラソンを走り始め、翌2012年3月、初マラソンを経験する。 何とか目標のサブフォーを達成、また4月のかすみがうらマラソンでも自己ベストをわずかに更新してサブフォーを達成した。
 
 korunさんがマラソンを走ると知ったのは、その後だ。 何とkorunさんも、かすみがうらマラソンに出ていたという。 後に知っただけにびっくりだった。 しかも、korunさんもその大会でサブフォーを達成、実は途中1分と違わない位置を走っていた。 自分は何となくマラソン大会に出ていたが、その後はkorunさんの姿勢に刺激を受けることになる。 korunさんの目標は高く、サブ3.5だという。 当時の自分に、まだそこまでの数字を目標とするだけの勇気はなかった。 korunさんは、諏訪湖ハーフで自分のハーフの自己ベストをあっさり更新すると、あの運営に問題があり、アップダウンが連続する富士山マラソンで3時間37分というタイムを出す。 同じ日に行われたつくばマラソンに出た自分、平坦で非常に記録の出やすい大会にも関わらず、タイムはkorunさんの富士山マラソンより遅かった。 こりゃ、相当練習しないと、korunさんに置いていかれると思った。
 
 サブ3.5にリベンジの大会とkorunさんが位置づけたのは、かすみがうらマラソン。 サブ3.5に並々ならぬ決意を持っていた。 そうなると自分もサブ3.5を目指さない訳にはいかない。 冬の敦賀で一人黙々とジョギングを続けた。 そして迎えたかすみがうら。 雨で4月とは思えない寒さの中、一緒に走ったkorunさんの職場のハルさんと3人揃ってサブ3.5を達成。 ある意味、最も印象に残るレースとして、いまでも貴重な思い出となっている。
 
 当時、自分は、サブ3.5を達成したら、タイムを目指して走るのは終わりにしようかと思っていた。 だが、korunさんは違った。 今度は3時間15分を目指すと。 そういわれると、こっちも必死になった。 その秋の湘南国際マラソンで、3時間11分という快記録を出す。 自己ベストを15分も縮めるのは、後にも先にも、この時だけだろう。 その時は、3時間10分を切るのは、時間の問題と思っていた。 だが、それから3時間10分を切るのに2年以上も要する事になる。
 
 しかし、今考えても、その時はサブスリーという思いは微塵もなかった。 3時間10分と3時間の違いが、とてつもなく大きなものである事は、重々承知していた。 3時間10分がなかなか切れなかった事もあり、いつのまにか、自分の中で3時間10分が目標となり、3時間10分を切ったらタイム狙いはやめてもいいかなと思うようにすらなっていた。 2013年の湘南で出した3時間11分の自己ベストを更新するのは、1年半も経過した2015年、去年の別大。 更新したと言ってもわずか30秒、やはり10分の壁は越えられなかった。 こうしているうちに、年齢だけは数字を重ねていった。 45歳を超えると自己ベストを更新するのが難しくなるという。 タイム狙いで大会に出るのは、あと2シーズンと決めた。 あとが無いと思うと、練習にも気合が入った。
 
 2015年の夏は、例年以上に練習を積んだ。 そして迎えた2015〜2016シーズン最初のレース。 もちろん目標は3時間10分切りだが、先頭からスタートしたばっかりにサブスリーペースで突っ込んでしまい、後半痙攣に襲われて撃沈する。 もちろん失敗レースだったが、タイムは3時間4分40秒と自己ベストを大幅に更新した。 これが3時間9分だったら目標達成で喜んだかもしれない。 しかし、失敗レースで3時間4分となると、考えが変わった。 サブスリーを目指そう、あと2シーズン以内に。 今でもイーブンペースで走れば3時間2分程度で走れるかもしれない。 1年あれば2分くらい縮められるかもしれない。 そう考え、この時初めてサブスリーを意識した。 だが、怪我の影響もあり、ずっと弱気な考えでいっぱいだった。 サブスリーに向け、来シーズン、どのレースに出ようかなといった事ばかり考えている時もあった。 だが、家族は諦めていなかったようだ。 妻娘は、精一杯がんばってねと言って送り出してくれた。

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 本当に皆様のお蔭という言葉に尽きる。 何といっても、一緒に練習してくれたアドバンスの面々には感謝の気持ちでいっぱいだ。 korunさんと出合っていなかったら、サブフォーを達成し、満足して、終わりだったかもしれない。 本も頂いたし、練習方法も教えてもらったし、そしてサブスリーの友となったシューズ、takumiを教えてくれたのもkorunさんである。 ハルさんの走りも新鮮だった。 スピード豊かな走りは魅力的で、時に失速する事もあるものの、ハマると速く、多摩川でのビルドアップ練習での競い合いは、いい思い出だ。 Umerunさんにも色々お世話になった。 自分が敦賀から東京に戻ってからは、何度か一緒に帰宅ランもした。 土日に一緒に走る事も多かった。 長いストライドを活かした力強い走りは、かっこいいなと思っていた。 松が谷の坂ダッシュで競争して負けた事は、今でも忘れられない。 そうした悔しい思い出を胸に練習を重ねてきた。
 
 立山登山マラニックで知り合った面々にも色々刺激を受けた。 特に砺波在住のST氏の存在は大きかった。 彼とは、立山のレース中、かすみ橋あたりから八郎坂までの長きにわたり併走した。 自分が撮影した写真に、彼もしっかりと写っていて、雷鳥大橋の上では、彼の写真を撮影した。 彼のようなランナーと併走出来たことは、大いに自信になった。 というのも、彼の当時の自己ベスト3時間9分は、あの坂で名高い難コース、能登和倉で出したというのだ。 これなら自分も3時間10分を切れるはず、その時はそう思った。 その後、彼はFacebookでやり取りするうち、京都マラソンでサブスリーを達成したと聞く。 凄いと思ったし、身近な人にサブスリーがいると、自分もやってやろうと思うようになる。 サブスリーを意識したのは、彼の存在があったからと言って過言ではない。 また宿で同部屋であったKT氏、FM氏の存在も大きかった。 TJARを目指すKT氏とは、フルマラソンを主戦場とする自分とは分野が違うものの、やはりFacebookでお互いを励まし合っていた。 FM氏はウルトラマラソン主体のランナーだが、自分のサブスリーに大きな期待を掛けてくれていた。 達成を報告したときは、大喜びしてくれた。
 
 あとは、奈良マラソンで走りながらしゃべったF氏の存在も、何気に大きかった。 彼には奈良マラソンでは1分差で負けたのだが、走っている時の彼が発した「平坦な長野でサブスリーを達成した」という言葉には勇気をもらった。 坂のきつい奈良でこのタイムなら、平坦なコース、長野や別大ではサブスリーが可能ではないか、と考えるようになった。

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 タイムでレースを振り返る。 とにかく前半抑えて入る、というのが最大テーマだった。 想定通りの走りができたと言っていいだろう。

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 5q毎の想定スプリットと実際のスプリット、5q毎のラップはは以下のとおりである。

 
想定スプリット
実行スプリット
想定実行差
5qラップ
5q22:0022:13 +0:13 22:13
10q43:3043:23 -0:07 21:10
15q1:04:301:04:18 -0:12 20:55
20q1:25:301:25:32 +0:02 21:14
ハーフ1:30:061:30:06 0:00  
25q1:46:301:46:28 -0:02 20:56
30q2:07:302:07:05 -0:25 20:37
35q2:29:002:27:54 -1:06 20:49
40q2:50:302:48:43 -1:47 20:49
Finish2:59:582:57:43 -2:15 9:00

 5q毎で見れば、ほぼ想定通りの走りができたと言っていいだろう。 最初の5qが遅かったのは、スタートロスが思ったより大きかったからだ。 10〜15qは想定より少し速く走ってしまったが、その分15〜20qで取りかえし、ハーフ通過は想定と1秒たりとも違わないスプリット。 25qまでは海沿いの苦手な区間だったが、そこも無難に走り切り、25qのスプリットも想定から2秒だけ速いという、これ以上ないトレースだった。 25q以降は一転、調子がいいと見て、ペースを落とさず進んだ。 30〜35q、35〜40qをいずれも21分を切って走っており、ここでだいぶ想定より速くなった。
 
 5q毎の男子順位は以下のとおり。

 
順位
上下
備考
start1,782    
5q1,861 +79  
10q1,761 -100  
15q1,695 -66  
20q1,645 -50  
ハーフ1,627    
25q1,544 -101  
30q1,368 -176  
35q1,175 -193  
40q1,026 -149  
Finish978 -48  

 ゆっくり入った最初の5kmこそ順位を落としているが、その後は上げる一方だ。 特に25q以降で大量に抜かしている。 通常の大会だと、後半になるとランナーがばらけてくる。 だが別大は、サブスリーのあたりが最もランナー密度が濃い。 従って目標が多く、ペースを上げていた自分にとって非常に走りやすい状況だったといえる。 ちなみにゴール頻度分布は以下のとおり。 やはりサブスリーが最もゴール人数が多く、1分間に約100人がゴールしている。

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 スプリット順位でなく、5q毎のラップ順位は以下のとおりである。

 
順位
備考
0km〜5q1,861 
5km〜10q1,554 
10km〜15q1,538 
15km〜20q1,524 
20km〜25q1,200 
25km〜30q794 
30km〜35q572 
35km〜40q508 
40q〜Finish523 

 距離が進むにつれ、順位を上げているのが良くわかる。
 
 ただ、実際には抜いた人もいれば抜かれた人もいる。 その関係を見てみた。

 
抜いた人数
抜かれた人数
備考
0km〜5q122203 
5km〜10q12210 
10km〜15q8114 
15km〜20q6110 
20km〜25q1040 
25km〜30q1870 
30km〜35q1960 
35km〜40q1511 
40q〜ゴール461 

 驚いたことに、20〜35qでは、誰にも抜かれていない。 35〜finishiまでに2人に抜かれているが、いずれもカテゴリー2の実力者だ。 5〜20kmまでに計34人に抜かれているが、そのうち31人を20q以降に抜き返している。 走っていて気持ちよかったはずである。
 
 キロラップは以下のとおり。

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距離
ラップ
スプリット
1.0km5:0805:08
2.0km4:0809:16
3.0km4:2813:44
4.0km3:5817:42
5.0km4:3122:13
6.0km4:0726:20
7.0km4:0730:27
8.0km4:1234:39
9.0km4:1038:49
10.0km4:3443:23
11.0km4:1447:37
12.0km4:1351:50
13.0km4:1056:00
14.0km4:141:00:14
15.0km4:041:04:18
16.0km4:131:08:31
17.0km4:161:12:47
18.0km4:001:16:47
19.0km4:181:21:05
20.0km4:271:25:32
21.0km4:091:29:41
22.0km4:111:33:52
23.0km4:241:38:16
24.0km4:171:42:33
25.0km3:551:46:28
26.0km4:071:50:35
27.0km4:191:54:54
28.0km4:081:59:02
29.0km4:052:03:07
30.0km3:582:07:05
31.0km4:012:11:06
32.0km4:072:15:13
33.0km4:052:19:18
34.0km4:192:23:37
35.0km4:172:27:54
36.0km4:132:32:07
37.0km4:012:36:08
38.0km4:122:40:20
39.0km4:072:44:27
40.0km4:162:48:43
41.0km4:002:52:43
42.0km4:112:56:54
42.2km0:492:57:43

 
 つくばに比べて、キロラップがばらばらである。 距離表示が間違っていたとは思いたくないが、去年も1箇所怪しかった箇所があり、その可能性も否定でいない。 あとでテレビ中継を見たが、ペースメーカーもキロラップにばらつきがあると言っていた。 あれほどのランナーが一定のペースで走れない訳がない。 自分のラップが悪かった、例えば9〜10qは、テレビ中継でもトップ選手のラップが悪いと言っていた。 毎日新聞を読んだが、キロ表示の白い線は数日前に引いたという。 公認申請と別の日に作業した訳で、もしかしたらそれと狂ってしまった可能性もあると思われる。 ただ、つくばに比べ、橋のアップダウンをはじめとする細かいアップダウンが多いので、その影響もあるかもしれない。
 
 目標を達成した充実感は、当然ある。 ただ、正直言うと、狙って取ったサブスリーというより、思いがけず出てしまったサブスリーという感じがしないでもない。
 
 サブスリーの為に多くの本に書いてある内容を練習で全く達成できていないし、やってや行けない事を多く行っている。
持ちタイムについて
推奨タイム
自分の練習
5q:18:30が必要絶対無理、そもそも5qを全力で走った事が無い。
10q:39分程度が必要これも無理。やはり10qを全力で走った事が無い。
ハーフ:1時間24分程度が必要多分無理。自己ベストは1時間26分25秒。
ビルドアップ:21分・20分・18分半が必要これも絶対無理。ビルドアップはここ1年以上やっていない。


必要な練習
推奨練習メニュー
自分の練習
インターバル2014年5月を最後に1年半以上やっていない。
ペース走そのそも昔から取り入れていない。
ビルドアップ走2014年9月を最後に1年以上やっていない。
30q走これもここ数年やった記憶が無い。去年11月に56km走ったが、あれは登山も入っているしスロージョグだし。そもそも20q以上続けて走る事すら稀。
1日20qといったって、朝12.5q、夜5q+2.7qというパターンが多かった。
LSD時間がもったいないのでやらない。
メリハリをつけたメニュー全くメリハリ無し。朝晩の通勤ランがほとんど、荷物持って走るのでだいたい5:30〜6:00/qくらい。


本番前
推奨事項
自分の行ったこと
走る量は抑えてもいいが、スピードは落とさない大会前1ヶ月、ジョギングばかり。
突然ニューアイテムをしてはいけない本番で履くtakumi sen2を大会3日前に初めて履いて、しかも5q走っただけ、あと履くのは本番だけ。
前日は消化のいいものを食べるべき昼はカレーと唐揚げ、夜もカレー。
前日は極力足を休めるべき重い荷物を背負って別府市内を歩き回った。
あと足とは関係ないけど、頭痛がするくらい風呂に入り、夜ホテルではサウナに入った。


 もちろん個人差があるので、何とも言えないが、サブスリーに必要以上のスピードは要らないと思われる。 それより40q走りきれる脚を作る事が重要と思う。
 
 サブスリーの為に、どう考えてもスピードが不足している自分が、本来やるべきことをやらないで、それでもサブスリーを達成できたのは、それを補う何かがあったからだ。 練習に関しては、どにかく距離を踏めたこと。 スピードが無い分、スタミナ勝負、11月・12月が約400q、1月も500km近く走っている。 あとは当日の気象条件等に恵まれた事だ。 気温10℃以下、心配された風も2〜3m/s程度で、あまり気にならなかった。 残る要因として最大のものは、「別大」であった事。 とにかくモチベーションの高い人が多く、気持ちで走る自分にとって、これは何よりの条件だった。 30q付近で抜かしたサブスリーの大集団、彼等に二度と抜かれる事は最高にみっともない事、と思い、ラスト10qは気持ちだけで走った感じだ。 何といっても別大は、サブスリーが最大のランナーボリュームゾーンなのである。
 
 これから、自分のマラソン人生はどうなってしまうんだろうとも思う。 走る前、もし40qあたりでサブスリーを出せそうだとわかったら、うれし泣きしながら走るんじゃないかと思っていた。 そのまま感動に浸りながらのゴール、そうなるのではないかと思っていた。 ところが実際のレースで、サブスリーを確認したのは35q付近。 もちろん、レース中ではあったが、やった!サブスリーだ!と叫びたい気持ちになった。 だが、そう思ったのは一瞬、その後は少しでも前を目指して必死に走っていて、感動に浸る事はなかった。 サブスリーを達成したら、もうタイムを目指して走るのはやめる、レース前はそう思っていた。 仮にこれがギリギリサブスリーなら、もしかしたらそう思ったかもしれない。 サブスリーは来シーズンとい思いがあったので、来シーズン、どういう大会に出ようか、またどういうモチベーションで出ようか、難しいところである。 しかし、来シーズンまではタイムを目指そうと決めていたのだから、できる限りタイムを縮めたいと思う。 今シーズンだって、あとフルマラソンが3つも残っておる。 このうち能登和倉は自己ベストを出せるような大会ではないが、佐倉とかすみがうらはタイムを狙えなくもない。 たた、怪我のリスクを負ってまで追い込む練習をすべきかというと難しい問題である。 今回も、左アキレス腱と右膝は限界だった。 これ以上悪化させたくないのも事実だ。 3つのフルマラソンの前に、立川ハーフがある。 これも位置づけが難しい。 もし能登和倉で画期的なタイムを目指すのなら、ここで全力を出してしまうと1週間しかないので苦しい。 だが、年1回のハーフ、ハーフの生涯自己ベストを出すチャンスでもある。 難しい選択である。
 
 いずれにせよ、フルマラソンでのタイム的な目標は、これで一段落である。 しかし自分には、もっと大きな目的がある。 生活習慣病の改善だ。 ジョギングを始めて5年、血圧は下がったように思う。 しかし血糖値と尿酸値がまだ高い。 尿酸値はどうしようもないかもしれないが、血糖値は食事に気を付ければ改善が見込まれる。 タイムを伸ばしたいという目標があったから、極度の食事制限に耐えられたというのが実情だ。 もしタイムを目指さなくなってしまったら、食事制限ができるだろうか。 難しい課題であるが、今まで頑張ってきた実績もあるので、それを思い出し、今後も頑張っていきたい。
 
 もちろん走る事は一生やめない。 もっと楽しんで走る機会を増やしたいなと思う。
 
 夏になったら山登りもしたい。 しばらく自転車に乗っていなかったが、タイヤを修理して自転車で遠くに行ってみたい。 せっかく身についた体を動かす習慣、健康のためにも忘れずにしたいと思う。



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