2015/11/22 つくばマラソン(フル) inserted by FC2 system




つくばマラソン
 2015〜2016シーズン初レース。 初レースが、いきなり秋の勝負レース。 去年は榛名湖と湘南を経てつくばだったが、今年は榛名湖を回避したのと湘南が12月となったため、初フルがつくばとなった。 夏は順調に練習を積めた。 7月330q、8月340qだから、2014年より距離が伸びていた。 だが、9月は仕事が多忙で、走る距離が激減した。 会社に泊まり込むことも多く、生活的にも乱れてしまった。 こりゃ、体重も増えてしまったなと思ったが、仕事多忙な時期が過ぎた9月末に測ったところ53kgと、思ったほど体重が増えていない事がわかった。 これは幸いだった。 しばらく走れず、走力が落ちてしまったかもしれないが、何とか今から頑張れば、つくばを走れるかなと思うようになった。 ただ、走力だけでなく、走りたいと思う気力まで落ちてしまったのは痛かった。 そんな自分を救ったのは10月中旬のイベント。 まずは10月17日の箱根駅伝予選会の応援。 人が頑張って走っているのを見ると「自分も」と思う。 またこの日は、昭和記念公園からUmerunさんと家まで走って帰った。 これが大きかった。 やはり自分一人で走るのはつらかった。 翌18日は、甲州フルーツマラソンだった。 出場種目は大菩薩コース23q。 標高差1,000超の登り一方という特殊コースだ。 9月の走り込み不足はあったし、前日30qも走っていて足が重かったが、前半はUmerunさんに引っ張ってもらって、何とかペースを保つ。 すると、Umerunさんが、何とお腹を壊してトイレへ。 ちょうどそのあたりから登りが始まる。 前半、ペースを抑えたので、このあたりからごぼう抜き開始。 負けたくないという気持ちに火がついて、前のランナーをどんどん抜かしていく。 この日のレースで、完全に走りたいという気持ちが復活した。 その後は、毎日のように20qの通勤ランをこなした。 朝はつつじが丘から会社までの12.6q。 ラスト2qで全力を出すことにしていた。 荷物を持って、だいたい7分40秒くらいで走れるようになった。 11月3日には、高尾駅スタート、陣馬山経由で自宅までの56qを走るという練習もこなした。 10/13〜11/12の30日間で580qと、今までないくらい走り込んだ。 だが、これは明らかにオーバーワークだった。 11月6日に、恒例の3qタイムトライアルを実施したが、11分22秒という凡走だった。 昨年の11分15秒より遅い。 しかも、両足のアキレス腱、右ひざを痛めてしまった。 本番まであと1週間、走る量を極端に減らす作戦に出た。 しかし、あまりに走らないと、心肺機能が低下してしまうのではないかと不安になる。 11月6日の3q走のタイムが悪かったので、追試を行う事にした。 本当は16日か17日頃走れば良かったのだろう。 だが雨や名古屋出張等で時間が取れず、3日前の19日の夜となってしまった。 せっかくなので本番と同じtakumi senを履いて、タイムは10:48(3:29/3:37/3:42)。 前半突っ込んだのでばててしまったが、タイム的には素晴らしいものだった。 最大酸素摂取量だけみれば、サブ3を狙える数字である。 自信にはなったが、全力を出したため、足の筋が痛くなってしまった。
 
 この秋、アドバンス4人のうち2人は、第1回さいたま国際マラソンに出場した。 つくばに挑むのは自分とUmerunさん。 3連休を利用し、自分は千葉市川の実家から行く事にした。 3年前のつくばも、やはり市川の実家から行ったので、その時のイメージで良いなと思った。 秋葉原からつくばエクスプレスに乗るUmerunさんとは、守谷から同じ電車になる予定だった。
 
 当日は5時起床の予定だった。 乗るべき電車は京成菅野5:55。 だが、興奮して4時に起きてしまう。 朝食として、おにぎりを4個食べ、またレース前に食べる餅を調理する。 茹でた餅は、アルミホイルで包んだ。 そしてトイレに行く。 スムーズに大が出た。 金曜あたりは便秘だったのだが、昨日もやしを1kg買って食べたら解消し、昨日だけで3回もトイレに行った。 今朝も出たので、もうレースまで行かなくてもいいかなと思う。 する事も無いので、1本速い菅野5:32の電車に乗る。 下りだけにガラガラだろうと思っていたが、半分以上の席が埋まっている。 もし佐倉マラソンに実家から行くと、もう少し遅い時間の電車に乗ると思われ、この客プラスランナーだと、菅野からでは座れないかもなと思う。 京成西船で降り、JR武蔵野線西船橋まで歩く。 寒い外を歩いたせいか、何とまたトイレに行きたくなる。 個室は3室あり、幸い誰もいない。 さすがに、もう出ないなろうなと思う。 5:54の武蔵野線に乗り、南流山には6:12に着いた。 もうランナーが結構いる。 次のつくばエクスプレスつくば行は、6:23の普通つくば行き、その次が6:26快速つくば行き。 だが、どうせ座れないだろうし、6:36の守谷行に乗り、守谷まで座るつもりだ。 駅のベンチを確保し、電車を待つ。 ホームには、結構なランナーの数。 やがて6:23の普通つくば行が入ってくる。 どのくらいの混雑かなと思っていたが、なんと先頭車には結構空席がある。 失敗した、並んでおけば座れたなと思う。 だがもう手遅れ。 次の快速は当然空席が無く、予定通り6:36の守谷行に乗る。 守谷行はガラガラ。 だが、やはり自分と同じことを考えているランナーも結構いる。 そのせいか、守谷で乗換えた区間快速は超満員。 3年前はこんなに混んでいなかったと思うが。 マラソンの定員が増えたのと、スタート時間が早まったせいかもしれない。 座っているUmerunさんと目で挨拶する。 自分はドア口に立って、研究学園までの15分我慢する。
 
 階段が近いように、後ろから2両目の5号車、後ろから2つ目のドア近くに乗るよう、Umerunさんと話し合っていた。 その甲斐あって、比較的スムーズに改札を出られた。 ここからバスで会場へ向かう。 バスは10分くらい待って乗れたと思う。 だが、口コミを読むと30分待ったとかいう話が多い。 恐らく、電車から降りて改札を出る時間に左右されたんだと思う。 電車1両定員150人として、180%の乗車率だと1両に270人、6両で1,620もの客が一気にバス乗り場に押し寄せる訳だから、先頭と1,600人目でバス待ち時間が違うのは当然だ。 バスは座れなかったが、会場までは10分程度だ。 バスの中で、レースプランについて話す。 「最初は抑えて入るから、10q46分くらいかな。そうするとUmerunさんに追いつかれるかな?」とか言っていた。 だが、実際には、そうはならなかった。
 
 会場に着いたのは7:35くらいだったと思う。 去年までだとスタート2時間前だが、今年はもう1時間半を切っている。 30分前には並びたいから、着替え・食事・トイレ・荷物預けを50分くらいで済まさなければならない。 まずは着替え。 メイン会場に座るところがないので、ラグビー場の階段に腰かける。 自分は既にランシャツを着ているので脱ぐだけだ。 続いて食事。 持ってきた餅を食べようとアルミホイルを開いたが、何とアルミホイルが餅に引っ付いてしまって剥がれない。 中心部だけは何とか食べられたが、必要量の半分にも満たない。 見かねてUmerunさんがバナナをくれる。 ありがとう、Umerunさん。 あとはゴール後に食べようと思っていた煎餅を食べた。 トイレは小だけでいいので気楽だ。 スタート50分前の段階では、ほとんど並ばずに用を足すことができた。 ちなみに大は、1つの個室に4人くらい並んでいた。 荷物を預け、念のためもう一度トイレに行く。 さすがに1箇所に4〜5人並んでいたが、かすみがうらの列に比べたらはるかに短い。 天候は曇り、思ったより寒くはなく、既にノースリーブ短パン。 シューズはもちろんtakumi sen。 あとはスタートするだけだ。
 
 BブロックのUmerunさんと分かれ、スタートブロックに入ったのが、だいたいスタート30分前。 先客が10列くらい。 これくらいならスタートロスは10秒以内だろうなと思った。 思ったより寒くはないと思ったが、止まって待っていると、やはり寒い。 みな、足の耐力を温存するためか、座っている。 自分もそれにならう。 友人同士、グループで走る人も多いようで、つい、そう言う人たちの会話を聞いてしまう。 「最初はゆっくり、キロ4分10から15で入ろうか」とか言っている。 Aブロックは3時間半以下のランナーだが、30分並んで先頭をキープしようとする人たちだけに、サブ3を目指す人が多いのもうなずける。 15分前にみな立ち上がる。 スタートラインに整列するのは、スタート1分前だ。 やっとスタート、寒い中待つのは長かった。 つくば初のAブロックスタート、アドレナリンは最高潮だ。
 
 号砲と同時にスタート、門が少し狭かったが、それでもスタートロスは8秒だ。 さすがに渋滞は無し。 能登和倉を思い出す。 流れに乗って走るしかない。 だが、特別速いペースとも感じない。 呼吸もきつくはない。 まあ、最初だから当たり前かもしれないが。 1qで時計を押すと4:27。 スタートロスが8秒くらいあったと思うから、いきなり巡航ペースの4:20を切っている。 だが、まだランナーが多く、ペースを落とすと迷惑な感じで、流れに乗って走る。 次の1qは、手元の時計で4:17。 ほぼ同じペースだ。 落とすべきか。 だが、体は軽い。 きつい感じは全くない。 楽してこのペースという感じがする。 もう少しこの感じで流れに乗ってみようかなと思う。 2〜3qも、手元の時計で4:17。 もうここまで来てしまうと、ペースを落とすには、相当強い意志が必要だった。 このペース、流れに乗った感じが快感なのだ。 交差点を右折して大学の外に出る。 道が広くなり、自由に走れるのだが、快感に酔ってしまってペースを落とす事ができなかった。 次の3〜4qで時計を押すと3:59。 さすがにこれはキロ表示の誤りだと思った。 その先に給水。 今日は喉が渇いていたので、全ての給水に寄ろうと思っていた。 4〜5qは手元の時計で4:20。 さっきの3:59があるので、実際はもう少し速かったかもしれない。 5qのスプリットは21:20である。 今まで最も速く入ったのは、確か最初が下りの奈良マラソンであるが、それでも23分掛かっていたと思う。 こりゃ大変なことになったなと思ったが、ペースを落とさなければという気持ちをアドレナリンが上回ってしまう。 5q先が口の堀陸橋。 だが、5〜6qは4:05。 いよいよブレーキが掛からなくなってきた。 サブスリーのイーブンペースが4:15である事は、当然知っている。 それよりも速い。 まずい、まずいとは思ったが、周りのランナーと同じペースである。 体が軽く、呼吸も辛くないので、どうしてもペースを落とす事ができなかった。 しばらく2車線の広い道。 6〜7q、7〜8qともに4:09、給水があった8〜9は4:12に落ちたが、9〜10qは再び4:09。
 
 10qのスプリットは42:04。 呼吸を使って走った立川ハーフの10qが41分弱だった。 それより1分と少し遅いだけのタイム。 どう考えてもオーバーペースだが、呼吸は全くきつくなかった。 どこかがきつければペースを落とすという選択肢に傾くのだが、この状況では無理だった。 だが、さすがに4:10を切るペースはやり過ぎだなと思った。 9qから先、クリーンセンター入口まで、昨年は1車線走行だったが、今年は2車線走行だ。 復路が別ルートとなったので、短時間のみとなり2車線規制が可能になったのだろう。 クリーンセンター入口交差点を左折して北部工業団地へ向かう。 昨年までだと、このあたりからペースを上げて、周りのランナーを追い越していく感じなのだが、今年は全く景色が違う。 遅れていくランナーもいなければ、追い越すような遅いランナーもいない。 本当にみな同じようなペースで進んでいるのだ。 昨年までのコースは、県道の突き当りまで進んだが、今年のコースは途中で左折して、工業団地の中を進む。 広くて走りやすい。 走りやすいのは道だけのせいではない。 まわりのペースに乗っているので、非常に走りやすいのだ。 どう考えても周りはサブ3を目指す連中である。

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 途中、14qあたりで裸足のランナーを抜かす。 裸足でこのラップは凄いなと思う。 10〜15qは4:11〜4:13。 10qまでより若干落ちたが、落ちたと言ってもほんの数秒。 この5qも、ほぼ21分だ。 県道に出ると左折し、昨年までの道に戻る。 15〜20qは、田園地帯の一本道。 毎年、気持ちよくすっ飛ばしてしまって、後半ブレーキになる原因となる区間だ。 懲りずに今日も飛ばしてしまう。 15〜30qは、普段でも最速ラップを刻む区間という頭もあり、ついまたペースを上げてしまった。 普段このあたりで最速となるのは、序盤ペースを抑えているから。 今日みたいに、最初から突っ込んだにも関わらず、中盤を最速ラップにするのは、無謀としか言いようがない。 15qまでは4:10を上回るペースだったが、15qからまた4:09、4:07、4:10、4:08と4:10を切るペースとなってしまう。 そうはいっても、周りもそのペースだったので、追い風だったのかもしれない。 20qの通過が1時間23分49秒。 5q毎のラップを計算する事はできないが、1qのラップからいって、このところずっと21分を切っているんじゃないかなと思う。
 
 ハーフ通過が1時間28分23秒。 単純に倍すれば2時間56分46秒である。 絶対無理なゴールタイムであり、いかに突っ込み過ぎたかである。 よろしくないのはわかっているが、呼吸はまったく大丈夫だし、まだどこも異変がないので、とりあえずこのペースで30qまで行こうと考える。 今日はスタート前の炭水化物摂取が足りなかった可能性がある。 各エイドでは、水分とともにパンも積極的に食べる。 給食の影響か、久々にサブ3ペースの4:15までラップが落ちる。 ただ、落ちたと言っても数秒、次の1qでまた4:08と4:10を切る。 ガーミンをしていない自分が、経験したことも無いペースでありながら、ここまで安定したラップを刻めている理由は、ただ一つ、集団に入っているからだ。 もちろん、みなサブ3を目指している。 集団といっても一塊ではなく、言うなれば縦の帯状なのだが、みなのペースが極めて似ているのだ。 抜かしていく人もいなければ、遅れていく人もいない。 遅れていく人がいないので、自分だけ遅れていく訳にはいかないという雰囲気なのだ。 さすがにサブ3を目指すランナーたち、きっちりとした一定のペースを保って走っている。 25qを通過。 この5qも21分か、21分を切ったくらいだろう。 まだ異変はない。 どこまで行けるのか。 だが、ここからはコース自体が今までと少し変わる。 今まで南に向かって走っていたのだが、東に向かうようになる。 若干向かい風気味だ。 それに、このあたり、わずかながらアップダウンがある。 それまで、周りのランナーのペースが驚くほど一緒だったのだが、少しずつ個人差が出る。 気のせいか、少し足が重くなってきた気もする。 若干ペースが落ちたが、それでも26〜27qは4:15、27〜28qは4:11と、極端には落ちていない。 呼吸はまったく大丈夫だ。 だが、遂に異変がやってきた。 28qあたりだったと思う。 ふくらはぎに痛みを感じたのだ。 今までのレースで痙攣といえば、次第に足が重くなっていく感じだった。 だが、今日の痛みは、今までの痙攣とは訳が違い、急激な痛みだった。 重いのではなく、本当に攣って足が全く動かなくなってしまうのでは、と思うような感じだ。 ふくらはぎだけでなく、足の裏あたりも突っ張っている感覚だ。 足の裏が攣りそうになった経験など無かった。 いよいよまずいなと思い始める。 27〜28qは4:17。 遂にサブ3イーブンペースを下回る。 このあたり、一部道が細い箇所がある。 ランナーが少なく、混雑感は全くないのだが、今までと違って集団の中という雰囲気が薄れてくる。 28〜29qは4:14。 またサブ3ペースに戻す。 だが、ふくらはぎのピキピキ感が続いていた。 このあたり、つくば市役所が近く、応援も多い。

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 だが、正直、25qまでの楽な感じではなかった。 いよいよふくらはぎのピキピキ感が最高潮に達する。 まずい、攣ってストップは嫌だ。 意識的にペースを落とす。 今まで、なんだかんだで流れに乗って走ってきたのだが、ここで初めてまわりの流れから取り残された走りとなる。

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 30qを通過。 29〜30qは急激に落ちて4:36。 スプリットは2時間6分18秒。 3時間10分を目指すなら2時間15分での通過となる。 それより9分早いのだから、数字的にはまだサブ3が不可能になったわけではない。 ペースを落としたお蔭か、痙攣の症状が治まってきた。 一時的なものだったのか、そうであって欲しいと思う。 30〜31qは4:15、31〜32qは4:19と、またサブ3ペースに近いペースに戻す。 痙攣の症状は治まった。 マラソンを走っていて32qでいつも思うのが、あと10qだ、という事。 スプリットタイムは2時間14分52秒。 サブ3まで45分7秒である。 ラストの0.195qを1分として、残り10qを44分で走ればサブ3だ。 今まで、5q21分、すなわち10qを42分で走ってきた。 そう考えると、10q44分は不可能ではないなと思った。 もしかして、もしかして、今日という日にサブ3を達成できるのでは、その時はそう思った。 元気が湧いたのか、32〜33qは、再び4:10を切って4:09。 よし、このペースだ。 あと9q、あと40分苦しい思いを我慢すれば、その先に感動のゴールが待っている筈、と思って走る。

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 だが、甘くはなかった。 今日2度目の痙攣。 箇所は同じだった。 ペースを落とすしかない。 さっきはペースを落としたら痙攣の症状が治まった。 また症状が治まればペースを上げられるのでは、と思う。 しかし、考えてみれば、運悪く痙攣になったのならいざ知らず、これだけのオーバーペースで来たのだから、そう簡単に痙攣が治まるはずはなかった。 今回ばかりは、ペースを落としても痙攣が治まらない。 ペースを落としているにも関わらず、むしろ症状がきつくなる。 こうなるとどうしようもない。 足に力が入るから、足が重くなる、また体全体を使った良くない走り方となるので、体も疲れてくる。 周りは速いので、ペースを落とすと、付いていくランナーがいなくなってしまう。 前半型のサブ3ペースの集団は、もう前に行ってしまった。 後半型のサブ3集団と思われる足音が、近づいては自分を追い越していく。 こんな状態の自分が、後半型のサブ3集団に付いていけるはずがなかった。 残念ながら、周りに取り残された一人旅。 キロラップは5分近くまで落ちてしまった。 もうサブ3どころではない。 とにかく足が痛かった。 いつ攣って完全ストップになっても不思議ではない状態。 足だけではない。 変なところに力が入るからか、体全体から推進力が失われている。 呼吸は全くきつくないのだが、力が入らない。
 
 36q先に、口の堀陸橋がある。 例によってペースがガクッと落ちる。 その先の下りでペースを上げたものの、36〜37qは4:58と、もう5分目前のラップ。 駄目だ、歩こうか。 足を痛めては、今後のレースにも影響する。 歩けば足は楽だろう。 歩くか、どうするか。 自問自答しながら、淡々と歩を前に進める。 ああ、あと5q、つらい時間だなと思う。 37〜38q、遂に5:14と、キロ5分オーバー。 サブ3を目指していたランナーとは思えない屈辱のラップである。 まわりのランナーには抜かれる一方。 きっと抜かすランナーは「あいつ、無理してサブ3ペースで突っ込んで、案の定ブレーキなんだな」と思っている事だろう。 仮にゼッケンが2桁なら、故障かな、と思うのかもしれないが、自分の681番だと、いきなりサブ3は厳しい番号である。 考えてみれば当たり前、誰が見ても、自分で今考えても、オーバーペースだったのだ。 さっきまで自分を抜かすランナーが多かったのだが、ふと気が付くと、抜かすランナー自体が減ってきた。 そうか、もうここまで落ちてしまうと、ここからキロ4分で走ってもサブ3が無理なんだなと思う。 やっと大学に戻ってきた。 歩くか、どうするか。 いや待て、そのそも自分は、サブ3を目指して練習してきたんじゃないじゃないか。 10分切りを目標にしてきたのだ。 歩かなければ10分は切れる。 いやいや、9分台じゃ、切ったと言っても嬉しさは少ないだろう。 3時間5分切りを目指すか、と思う。 38〜39qは5:09。 スプリットタイムは2時間48分37秒。 ラストの0.195qを1分として、残り3qを15分22秒で走れば3時間5分切りだ。 キロ5分でゴールを目指そうと思う事にする。 コース変更に伴い、大学内の一の矢宿舎方面の大回りは無くなったが、敷地内折り返しは健在だ。 気持ちが折れそうになるが、何とかペースを保って走る。

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 39〜40qは5:07。 それまでのラップからすれば屈辱であるが、何とか3時間5分は切れるだろうか。 周りはサブ3を達成できなかった残念ランナーばかり。 負け組である。 ペースは遅かったが、もう抜かしていくランナーも減っていた。 構内名物、平塚通りの陸橋は、当然のように登れない。 それでも40〜41qは5:03と、少しずつペースを戻す。 3時間5分切りは行けそうか。 やがてスタート地点を通過。 緩やかに左カーブし、カーブが終わった地点を左折すればゴールの陸上競技場だ。 もう少し。 左折地点の手前が42q地点。 41〜42qは4:53と、5分を切る。 3時間5分は切れそうだ。 競技場は周回する事無く、すぐにゴール。 ゴールタイムは3時間4分40秒だった。

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 とにかく足が痛い。 歩けない。 亀のような速度でしか歩けないのだ。
 
 Umerunさんのゴールを見届けるべく、フィールドに入る。 前半併走して見覚えのあるランナーが続々とゴールする。 そうか、失速したのは自分だけじゃなかったんだな、とも思う。 Umerunさんは3時間10分切りを目指しているが、どうだろうか。 まだこの時間はランナーの数が少なかった。 恐らくサブ3ギリギリの時間帯は多くのランナーがゴールしたものと思われるが、どちらかというと、今ゴールしている人は、サブ3が駄目だったランナーではないかと思う。 3時間10分になった。 Umerunさんは来なかった。 正直なところ、Umerunさんがゴールするとすれば、3時間10分〜15分が可能性高いなと思っていた。 目を凝らして待つ。 次第にランナーが増えてくる。 3時間15分を目指して走ってくるランナーが多いからだろう。 来るか来るかと待ったが、Umerunさんはゴールしなかった。 おかしい。 もしかして自分より早くゴールしたのだろうか。 その可能性が無いとも言えず、さらに自分もゴールから10分経って寒かったので、ゴール地点を離れてメイン会場に向かう事にした。 しかし歩けない。 本当に極度の痙攣だ。 何で痙攣してしまったのか。 冷静に考えればオーバーペースなのだが、その時ばかりは痙攣を恨んだ。 サブ3を達成できなかった悔しさで、涙が出てきた。 とにかく足の痛みだけだった。 呼吸は全く平気、マラソン特有の体全体が疲れてくる感じも、今までのレースに比べれば少なかった。 基本的に痙攣以外は、どこもかしこも平気だったのだ。 ゆえにゴールして、この消化不良感である。 出し切った感があれば達成感につながるのだろうが、それが無いため、なぜもっと頑張れなかったのかという悔しさにつながるのだ。 まあ、悔しさこそが次へのエネルギー、また地道に練習するしかないなと思う。 記録証を受け取り、相変わらず亀のような足取りで歩いていると、学生ボランティアが寄ってきてくれ「大丈夫ですか」と声を掛けてくれる。 多くのランナーが辛そうにしているのに、あえて自分に声を掛けてくれるほど、自分の足取りは明らかにおかしかった。 ありがたいことに、彼は自分の靴紐をほどいてくれた。 もういい加減、Umerunさんが来るはずと、後ろを振り返りながら歩くが、まだ来ない。 これは本当に、自分より先にゴールしたのかなと思う。 抜かれた記憶はないが、なにしろラスト5qは、それどころでは無かったからな。 陸上競技場を抜け、メイン会場への通路のあたりで、ようやく後ろからUmerenさんの声が聞こえた。 どうやら原因不明の失速をしてしまったらしい。 長野でサブ3.15、減量もした、諏訪湖畔での練習でもいい走りだっただけに、この失速は信じられなかった。 マラソンとは本番で何が起こるか分からないものだが、それにしても今回のUmerunさんの走りは説明不可能だ。
 
 荷物を受け取り、朝着替えたラグビー場に行って着替える。 失速したUmerunさんはもちろん、自分も後半失速したので、二人とも達成感が感じられない。 まあ自分は一応自己ベストなんだけど。 二人で足を引きずりながらバス停に向かう。 バスはまだ混んでなく、ほとんど待たずに乗れ、また運よく座れた。 去年は駅まですぐ着いたが、今年はコースが変わって研究学園駅近くが交通規制されているので、少し渋滞した。 バスは、コースともなっている交差点を左折する。 まだたくさんのランナーが走っていた。 この時間になっても歩いている人が少ないのが湘南国際マラソンとの違いだ。 35q付近だろうか。 サブ3が絶望的になり、足の痛みに耐えていた頃だ。 研究学園13:33の区間快速にいい具合に間にあい、また先頭車に乗ったのでガラガラで座れた。 さすがに2人とも座りたかった。 Umerunさんは秋葉原まで乗り、自分は南流山で武蔵野線に乗換える。 korunさんから、早速メールが入っていた。 「自己ベストおめでとう」とある。 そうなんだよね、自己ベストを6分近く更新したんだよね。 それ自体は、自ら評価していいかなと思った。 西船橋で、家を空けたお詫びとしてFLOのケーキを買い、本八幡から実家まで歩く。 家に帰ると、娘が「新記録おめでとう」と言ってくれた。 レース内容はともかくとして、自己ベストを出したこと自体は良かったと思う。
 
 キロラップでレースを振り返る。

 
ラップ
スプリット
備考
0km〜1q4:274:27 
1km〜2q4:148:41 
2km〜3q4:1412:55 
3km〜4q4:1017:05 
4km〜5q4:1521:20 
5km〜6q4:0525:25 
6km〜7q4:0929:34 
7km〜8q4:0933:43 
8km〜9q4:1237:55 
9km〜10q4:0942:04 
10q〜11q4:1146:15 
11q〜12q4:1250:27 
12q〜13q4:1254:39 
13q〜14q4:1158:50 
14q〜15q4:131:03:03 
15q〜16q4:091:07:12 
16q〜17q4:071:11:19 
17q〜18q4:101:15:29 
18q〜19q4:081:19:37 
19q〜20q4:121:23:49 
20q〜21q4:081:27:57 
21q〜22q4:151:32:12 給食 
22q〜23q4:081:36:20 
23q〜24q4:121:40:32 
24q〜25q4:131:44:45 
25q〜26q4:151:49:00 
26q〜27q4:111:53:11 
27q〜28q4:171:57:28 
28q〜29q4:142:01:42 
29q〜30q4:362:06:18 足攣ってペース落とす 
30q〜31q4:152:10:33 足の痛み消える 
31q〜32q4:192:14:52 サブ3可能ではと思う 
32q〜33q4:092:19:01 またペースアップ 
33q〜34q4:392:23:40 再び足を攣る 
34q〜35q4:482:28:28 ペース落としたが復活せず 
35q〜36q4:482:33:16 サブ3断念 
36q〜37q4:582:38:14 
37q〜38q5:142:43:28 歩きたくなる 
38q〜39q5:092:48:37 3:05に目標定める 
39q〜40q5:072:53:44 
40q〜41q5:032:58:47 
41q〜42q4:533:03:40 
42q〜ゴール1:003:04:40 

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 とにかくスタートから速い入り。 自らこのペースを選択したわけではなく、周りにペースをあわせたら、このラップだったのだ。 間違いなく皆サブ3を狙っていたのだろう。 今まで走った大会だと、自分より速い人、自分より遅い人が混ざって進んでいく感じだった。 だが、サブ3ペースとなると、今までとは全く景色が違った。 とにかく、各ランナーのペースが極めて近いのだ。 抜かしていく人もいない、落ちていく人もいない、本当にベルトコンベアに乗っているかのような感じなのだ。 給食で若干落ちた区間もあったが、25qまでは、ほぼ一定のラップで走れた。 自分の実力からしてペースが速いのはわかっていたが、自らの意志でベルトコンベアから降りるという選択は、どうしても取れなかった。 30qまでコンベアに乗って行ければよかったのだが、さすがにこのあたりになると、各ランナーのペースに個人差が出てくる。 コースも曲がり角あり、狭い道あり、若干のアップダウンあり、向かい風気味だったため、自分のペースも若干落ちた。 足の痛みが治まるのを待つため、ペースを落とした29〜30qは、4:36までラップが落ちたが、そのあと復活している。 33qで4:09のラップを見た時は、これはサブ3行けるか、と思った。 しかし再び痛みが走ったそれ以降はボロボロ。 このあたりになると、ベルトコンベアは無くなっていたが、遅めに入ってサブ3を目指す集団が点在していた。 彼等とは、明らかにペースが違った。 口の堀陸橋がきついのはわかっていたが、陸橋を越えてから大学までが一番精神的にきつかった。 その区間で最悪ラップの5:14となってしまっている。 3時間5分を目指して少しだけペースを上げたが、足が死んでしまっていたので、5分を切るのがやっとだった。 それでも、最初に心配されたアキレス腱や膝の痛みが、レース中ほとんど出なかった事は幸いだった。 もしアキレス腱が痛んだら、リタイアも辞さないつもりだった。 逆に、痙攣の原因のひとつに、3日前の3qタイムトライアルがあげられるかもしれない。 普通、大会の3日前に、3qとはいえ、全力で走る事はしない。 実は、そのせいで、足の筋肉を少し痛めたような状態だった。 もしかしたら、痙攣の一因だったかもしれない。 あとは寒さか。 スタートまで30分、超短パンで待っているのは辛かった。
 
 5q毎のラップにすると、より傾向が把握できる。 3時間15分を切った3レースと比較してみる。 完全に自分を見失っていた。 あまりにも今までのレースと違うグラフに唖然。 最初の10q抑えると宣言していたのに。 ゴール後、Umerunさんに「言っている事とやっている事が違うな」と言われたが、その通りだ。 前半タイムと後半タイムを比べてみる。 2013湘南(1:36:17/1:34:43) -1:34 2014つくば(1:37:04/1:37:22) +0:18 2015別大(1:36:24/1:34:06) -2:18 2015つくば(1:28:23/1:36:17) +7:54 風邪で後半失速した2014つくばでも後半は前半に比べ僅か18秒遅れ、それまでの自己ベスト別大やセカンドベスト湘南では、後半の方が1分半〜2分以上速く走っている。 なのに2015つくばは、何と8分遅れ。 後半、別大より2分も遅いというのが情けない。

 
ラップ
キロラップ
備考
0km〜5q21:204:16 
5km〜10q20:444:09 
10km〜15q20:594:12 
15km〜20q20:464:09 
20km〜25q20:564:11 
25km〜30q21:334:19 
30km〜35q22:104:26 
35km〜40q25:165:03 
40q〜ゴール10:564:59 

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 ただ、今回のレースを、単なる「飛ばし過ぎ」で片づけてしまうのはもったいない。 今後サブ3を目指すために、何を鍛えなければならないかを探っていきたい。 このレースで得られたことは2つ。 一つは4:10で走っても、呼吸は大丈夫だったという事。 もう一つはサブ3の集団に入って走るという経験ができたという事。 自分のハーフの自己ベストは1時間26分24秒であり、最大酸素摂取量VO2 Max=60で、その数値だけで判断すると、フルのタイムは3時間2分57秒だ。 今日のタイム、3時間4分40秒が出ても、なんら不思議はない。 また、大会3日前に3q走を実施したが、そのタイム10:48から計算すると、最大酸素摂取量VO2 Max=61〜62で、同じようにフルのタイムは2時間58分44秒だ。 4:10で走っても、呼吸は大丈夫という点は、VO2 Maxが61〜62である事を考えると、納得がいくものである。 心肺機能的には、なんとかサブ3を出せるレベルにまで達したのかもしれない。 すると、サブ3に足りないものは何だろう。 考えるまでもない、足の耐力だ。 今日も足の痛みというか、痙攣で失速している。 足以外は、どこも異常がなかった。 だが、それまでの練習は、スピードに重点を置いたものではなく、どちらかというと距離に重点を置いていた。 インターバルやビルドアップはやらなかった。 その代り、10/13〜11/12の20日間で580qも走っているのだ。 スピードに不安があった代わりに、スタミナは大丈夫かなと思っていた。 それなのに足にきた。 もしかしたら、普段の走り方に問題があるのかもしれない。 今回の足の攣り方は異常だった。 今まで経験した事の無い痛みと攣り方だった。 単に「重い」とかいう問題ではなく、本当にピキッときて全く走れなくなってしまうのではないかと思ってしまうような攣り方だった。 4:10ペースで走った時に耐えられる足ではなかったのかもしれない。 そういえば、練習でも走るペースは遅かった。 今度から、レースペースのペース走を取り入れ、その中で足の耐力を付けていかなければならないのかな、と思う。 インターバルや3q走は短時間でできる。 タイムを気にしないロング走は、気が楽だ。 それに比べ、ペース走は厳しい練習かもしれない。 だが、それをやらないとサブ3はあり得ないのではないか、そう思う。
 
 今回のハーフ通過は、1時間28分23秒だった。 もちろん過去のハーフ通過で最も速い。 つくばは平坦でスタートとハーフの標高差も無さそうだし、直線距離も10q未満だから、多分ハーフも公認だと思われる。 ハーフのレースは多く出ていないが、それでもセカンドベストである。 サブ3を目指す他の人は、果たしてハーフをどれくらいで通過しているのだろうか。 2時間59分台でゴールした人のハーフ通過タイムを調べてみた。 2時間59分台でゴールした人は70人。 そのうち、自分より早くハーフを通過したのは23人しかいない。 しかも、その中には、若いゼッケン番号で1時間18分台で通過した人、すなわち、すなわちもっと速いタイムを目指してして失速して、たまたま2時間59分台にゴールした人たちも含めて24人である。 そう考えると、サブ3を狙って走って、自分より早くハーフを通過した人は、非常に少なかったのではないか。 サブ3の実力もないのに1時間28分23秒のハーフ通過が、いかに速すぎるかという事だ。 70人のタイムを1分刻みで区切った場合、最も人数が多いのは、やはり1時間29分台だ。 1時間30分オーバーも11人いて、最も遅い人は1時間33分34秒でハーフを通過している。 やっぱりイーブンペースまたは後半型が重要なんだなと思った。
 
 次のレースは12/6の湘南国際だが、今年から公認コースでないらしく、タイムは目指さない。 次の公認レースは、その1週間後の奈良マラソンである。 アップダウンが激しいコースで、そんな中3時間15分切りを目指そうと思っていた。 だが、サブ3のペースメーカーがいるという。 そのペーサーにしばらく付いていくのも面白いかなと思う。 潰れても、元々タイムを狙う大会ではないし。 何といっても今シーズン最大の勝負レースは、2月6日の別府大分毎日マラソンである。 サブ3まであと4分41秒、高速コース別大なら可能性があるのでは、と早合点してしまいそうだが、まだ自分にそこまでの実力は無いと思う。 それに、大会まで、あと2ヶ月しか無く、その間に実力を上げるのにも限界がある。 目指すべきは、突っ込み過ぎず、速くてもハーフ通過は1時間半とし、後半の落ち込みを抑えて3時間2分といったところか。 3時間2〜3分の力があれば、サブ3を目指せると言われている。 今回、突っ込み過ぎ、いわゆる失敗レースで3時間4分40秒であるから、イーブンペースで走れば、3時間2〜3分の実力はあるのかもしれない。 別大では、その実力がある事をタイムで証明し、また来夏厳しいトレーニングを積んで、来シーズンにはサブ3を目指せるだけの実力を身に付けたい。 別大まで、わずか2ヶ月だが、されど2ヶ月、できるだけの事はやって挑みたいと思う。 少しでもサブ3に近いタイムで走りたいと思う。
 
 失敗レースではあったが、収穫もあった。 キロ4:10で走っても、呼吸は大丈夫だったという事は、大きな自信になった。 また、サブ3のペースで25qまで進んだが、その中で走っている時は、最高に気持ちが良かった。 過去のレースでは、遅い人もいたり、抜いていく人がいたり、割とペースに個人差があるものだった。 ところがサブ3を目指す集団は違うのである。 集団というには語弊があるかもしれない。 塊がある訳ではなく、帯状になっているのだが、測ったかのような一定なペースで、ほぼ全員同じペース、まるでベルトコンベアに乗っているかのようなのだ。 みな目指すものは一緒、その連帯感もハンパない。 過去のレースと同じコースを走っているのだが、景色が全く違うのだ。 その分、そのペースから脱落したときはつらかった。 いずれ、最後まであの集団の中でで走りたい。 今まで、公式にサブ3を目指すとは言えなかったが、このレースを経て、いよいよサブ3を目指すと高らかに宣言したいと思う。 サブ3でゴールしたら、どんな感動が待っているだろうか。 今まで以上に真剣にトレーニングを積まなければと思う。
 
 40歳近くなってジョギングを始めた時から今日のこの日まで、まさか自分がサブ3を目指す事になるとは、思ってもみなかった。 フルマラソンを走るに当たり、最初に目指したのはサブ4である。 初マラソンでサブ4を達成したのだが、満足感は全くといっていいほど無かった。 まだその頃は、アドバンス結成前で、一人で黙々と走っていた。 その後、友人にも恵まれ、目指したのはサブ3.5。 雨の中、3人ともサブ3.5を達成したかすみがうらマラソンは、最高のレースとして思い出に残っている。 その1ヶ月前の佐倉マラソンで、サブ3.5に6秒届かなかった事もあり、サブ3.5を達成した感動は、今でも忘れない。 その当時、サブ3.5を達成したら、タイムを目指してマラソンを走るのはやめようとまで思っていた。 ところが、アドバンスのメンバーに刺激を受け、その後もタイムを目指し続けることになる。 2013年の湘南国際で3時間11分を出したものの、その後は足踏み、2015年の別府大分でも3時間10分は切れず、3時間10分30秒だったこともあり、いつしか10分切りが目標となった。 しかし、今回のレースで10分の壁を大きく破った。 自分の限界は3時間10分では、と思い始めていたのだが、その壁を突破できたという事は、自己ベストタイムを縮めた以上に、精神的に大きいものがある。 練習次第で、まだ伸びる、そう感じる事ができた。 だが、もう45歳目前。 若い事には、仕事でだいぶ無理もした。 体はどんどん衰えていくだろう。 チャンスはあと1〜2年。 多くの大会に出て、家族にも迷惑をかけ続けている。 何とかサブ3を達成してこたえねばと思う。



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